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セバスチャンはカプセルの横に簡易寝台を用意して、キジローに休息を取るよう説得した。強く言われると横になるが、結局眠れずに起き直って、カプセルの中のサクヤを見つめている。そうしてまた一晩過ぎた。
「せめてシャワーを浴びてください。汗臭いのは女性に嫌われますよ」
口うるさい執事ロボットにがみがみ言われて、しぶしぶバス・ルームに行った。でもサクヤが気になって、申し訳程度にお湯をかぶって急いで出てきた。
着替えていると、ゲオルグに呼ばれた。
「ミスター・ナンブ、ミズ・サクヤが目覚めます」
もうカプセルの排水が始まっていた。アームレストとヘッドレストが現れ、温風が全身に届くように少しずつ角度が変わった。
カプセルから両脚をそろえて優雅に出てくると、サクヤはニコッと微笑んだ。
「キジロー、おはよう。心配かけたかしら」
言い終わらないうちに、キジローはサクヤに抱きついて声も立てずに泣いた。涙も流さずに泣いた。
しばらくサクヤの肩から顔を離せなかった。
「ごめんなさい。心配かけて。私もう大丈夫だから」
「本当か。どこか痛まないか。何か喰った方が良くないか」
「本当に大丈夫。今は何も欲しくないし・・・」
「ミズ・サクヤ」
セバスチャンがトレイに、ティーポット、カップ2つに水瓜のゼリーを持ってきた。
「これなら召し上がれるでしょう。レィディがお食べになれば、ミスターも少しは安心なさいますから」
「そうね。いただくわ。ありがとう」
サクヤがお茶をひと口ふた口すすって、ゼリーを口に運ぶところを見届けると、キジローは寝台に突っ伏して動かなくなった。
「この3日ほど、全く眠ってらっしゃらないのですよ。食事もしてくださいませんし。カプセルの前から動いて下さらないので、栄養剤を点滴しまして、こっそり睡眠剤も入れたんですが、ガンとしてお眠りになりませんで」
「そうだったの」
サクヤはキジローの肩の下に腕を入れて、楽な姿勢を取らせた。
「もう少しでドクター・ムトウの提案を採用するところでした」
「ジンは何て?」
「ショックガンを弱めにして撃ってやれば?と」
「ジンったら」
1時間もしないうちにキジローはがばっと起きて辺りを見回すと、サクヤの姿を見つけてほぉーっと息をついた。
「キジロー、私はここにいるわ。あなたが眠っている間、今度は私が横にいる。安心して眠って。あなたまで倒れたら困ってしまうわ。さ、横になって」
サクヤはキジローの手を取って、両手で包んだ。
「どこにも行かない。ここにいる」
しばらくキジローはサクヤの顔を見つめていたが、ようやくまた眠りに落ちた。
家族を失って以来、この人は何度こうやって飛び起きたことだろう。何もできなかった自分を責めて、また同じことが起こるのを怖れている。また大切な人間を失うのを。
「差し出がましいとは思いますが、ミスター・ナンブにレィディの体質などを少し・・・あらかじめご説明さしあげてはいかがでしょう」
「いきなり目の前で起こるのと、ずっと心に準備して待つのとどちらが残酷かしらね」
「ミスター・ナンブがこのように、レィディに精神的な依存をするとは予想外でした。何か対策を取るべきでしょう」
「どんな対策を推薦してくれるというの、セバスチャン?」
「怒らないでください。差し出口は承知の上です。ただ、彼に起こった出来事は私どもで解析しても、あまりにも過酷です。トラウマを癒す有効な手助けがなければ、精神が崩壊しても不思議ではありません」
「でも、例えば私が有効な手助けができたとして、依存させた後見捨てればもっと残酷でしょう?」
「見捨てなければよいではありませんか」
「セバスチャン!」
「申し訳ありません。ここ数日の彼を拝見していてあまりに・・・痛々しかったものですから」
「わかった。ありがとう、セバスチャン」
頭部の半球をなでた。
「よく考えてみるわ。私に何が出来るか」