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「呼ばれて帰って来てみれば・・・」
 エクルーはハンガーの上のバルコニーでタバコをふかしていた。
「セバスチャンがサクヤよりもキジローの方が心配だから、戻って来いって言うんだよ。星の裏側だぜ?船で行ってて助かったよ。ヨットだったら丸一日かかるところだ」
「おまえ、タバコ喫ったっけ?」とジンが聞いた。
 エクルーがやさぐれた表情で振り返った。
「うん?ああ、イラついた時だけな。イドリアンとの儀式で必要なんで、肝心なときに咳き込まないように時々喫ってるんだ。サクヤでさえ練習してる。ジンも慣れといた方がいいぞ」
「ふーん」

 エクルーは煙を細く長く吐いた。
「俺が帰って来た時、キジロー、何て言ったと思う?”スマン”だって。殴ってやろうかと思ったよ。まったく、人がせっかく・・・」
「お前、もしかしてあの2人を取り持とうとしてるのか?」
「はは、とんだ女衒だね」すっぱー、と煙を吐きながら空を仰ぐ。「仕方ないだろう。俺じゃダメなんだから」
 ジンはエクルーをまっすぐ見つめて言った。
「どうしてダメなんだろう。おまえ、こんなにいいヤツなのにな」
 エクルーは朴訥な言葉に眼をぱちくりさせた。
「はは・・・ははははははは」笑いながら、エクルーはジンに抱きついた。
「お前こそいいヤツだよ。俺、良かったよ。お前に会えて・・・。」
「そりゃ、ありがとう。・・・・おい?」
 ジンの肩に頭を乗せたまま、しばらくエクルーは動かなかった。
「なあ・・・大丈夫だよ。そのうち、何もかもうまく行くって」とジンは言ってみた。
 エクルーは顔を上げた。
「その根拠のない楽天的な見通しはどこから来るんだ?」
「本当にヤバければ、ホタルが騒いで、イリスが騒ぐ」
「なるほどね・・・確かに当たってるよ。キジローがしょげたぐらいで騒いでる事態じゃないもんな、今」
「それは可愛そうだろう。キジローはお前らみたいなのと付き合い浅いし・・・第一・・・」とジンが言いよどんだ。
「第一、何だ?」
「お前だってしょげてるじゃないか」
「うん。それも当たってるよ。どうしたの、ジン、今日鋭いじゃん」
「別にテレパスじゃなくても、友人がへこんでいればわかるさ」
「じゃあ、友よ、お前もこの悪癖に付き合いたまえ」
 ジンはタバコを1本受け取って、エクルーから火を移した。一息吸って、すぐむせた。
「うへっ、何だってこんなもの喫うんだろうな」
「そうだな。ため息をつくより煙を吐く方が、何か救われるからじゃないか?火と灰がこぼれ落ちるのを見ながら、そのうち何もかもうまく行くって考えてみるんだよ」



 イリスはこの星に来た時にくらべると、肌のつやや髪の輝きが見違えるようだ。身体つきも少しふっくらして、女の子らしくなってきた。
 サクヤが縫った薄手のエプロンドレス1枚で、ホタルと走り回っている。イリスについてジンのドームに行っていた3匹のホタルは、久しぶりに他の兄弟たちと合流してはしゃいでいるようだ。

「あの子、きれいになったなあ」
「そうだろう」
 ジンがため息をついた。
「お前、あれ、軽いゴーモンじゃないか?」
「何を言う」
 ジンがいきり立った。
「俺はだな、父親のような気持ちでイリスを見守って・・・」
「ムリすんなよ」
「ムリだよなあ」
 ジンがまた、ため息をついた。
「まあ、ちょっと待ってな」
 エクルーは、クロゼットからエプロンドレスとそろいの布地のケープを出して来た。
「イリス、ちょっとおいで」
 エクルーはイリスの肩にケープをかけて、ちょうど前掛けのように首の後ろで結んでやった。ケープはイリスの両肩から胸の下あたりまできれいなドレープを描いて広がった。
「ほら、きれいだろ?イドリアンの若い女性は、家の中でも必ずこれを身につけるんだ。この刺繍と石の飾りは、サクヤがメドゥーラに習って付けたんだよ。魔除けの意匠なんだってさ。この石はイリスの眼の色に合うからって、グレンのお父さんが拾ってきてくれたんだよ。イドラ特産のヒスイだ。大事に着てくれよ?」
 イリスは大喜びでくるくる回って、ジンに見せにきた。
「うん。よく似合ってる。きれいだ」
 とジンがほめると、イリスは飛びついてジンに抱きついた。
 イリスがホタルにケープを見せに走り去った後、魂の抜けたジンが残った。
「悪い・・・逆効果だった?」
「いや、助かるよ。要は俺の修行が足りないんだ。近頃、あのコはここんちに返すか、メドゥーラんとこに里子に出すべきじゃないか、と考えてるよ」
「ふーん」
「いずれにしろ、あの子にはここの言葉を覚えてもらわなきゃならんし、メドゥーラの家族にもすごく気に入られているしな。泉守りの候補なんだとさ」
「ふーん。でも、そうするとさ」
「何だ?」
「ますますグレンと接近するな。あの家族はそういうつもりでイリスに親切にしてるんだぜ。グレンのつもりは知らないが」
 ジンはふぅーっとため息をついた。
「仕方ないだろう。決めるのはイリスだ。俺は年も違うし、言葉も通じない。天涯孤独で、頼れる家族もいない。グレンの一族に迎え入れてもらえるなら、その方が幸せかもしれん」
「ふーん。けっこうまじめにイリスのこと、考えているんだな」
「魔除けのケープなんかつけてもさ、俺が一番悪魔なんじゃないかと思うよ。あのコは安心しきってなついてくれているが、俺の頭の中を知られたらと思うと・・・」
 エクルーはまじまじとジンの顔を見た。この男はどうしていつまでも学習しないんだろう。
「あのさ、言っとくけど、ホタルが周りにいる限り、ジンの考えなんかだだ漏れだからね」
「え?」
「前にも言ったろう?ホタルは思考を中継するんだ。イリスは全部わかった上で、お前になついているんだよ」
「え?」
「勝手にフリーズしてな」
エクルーはジンを残して、温室にイリスを探しに行った。イリスの方が先にエクルーを見つけて駆け寄って来た。