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 しばらくして、キジローがぼそっと聞いた。
「ボウズはどこに行ってるんだ?」
「エクルーのこと?北半球の苗床をいくつか点検して周るって。ガードナー・ロボットとメカニック・ロボットを一人ずつ連れて行ったけど・・・あと2,3日帰らないんですって」
 キジローはしばらく寝そべったまま、腕にあごをのせて黙り込んでいた。
「どうかした?」
「いや、どうせ、そのロボットどもにもキテレツな名前がついてんだろう、と思ってさ」
「聞きたい?」
「けっこう。遠慮するよ。」
 キジローは、降参というように両手を空に向けた。

「キジローはエクルーのこと、ボウズ(マイ・サン)と呼んでいるの?」
「ああ、まあ、その時々だが・・・ボーイとかソニーとかバディとか・・・」
 サクヤは微笑んだ。
「バディ(相棒)というのはいいわね」
「そうだな。いろんなヤツと組んで仕事した事あるが、何と言うか、あいつくらいぴったり息が合うのは初めてだ。打ち合わせなしでもねらいを読んでくれるというか・・・時々、ちょっと怖いくらいだ」
「あの子もそう言ってたわよ」
「そうなのか?」
「キジローは勘が良すぎる。テレパスでもないのに、って」
「ふーん」
「優秀なパイロットには必要な資質よね。言葉やデータで出てくる前に、状況の先を読んで行動する。でなきゃ、手遅れだもの」

 キジローはごろり、と向きを変えて腕を目に載せた。どうやら、これがダウナーな時のキジローの決まったポーズらしい。
「今日の俺は最低だったな。あんたを怒鳴りつけて、追い詰めて。あんたがやさしいから、八つ当たりしちまった。情けない」
「本当に情けない男の人は、自分のこと、情けないなんて言わないわよ」
 サクヤはキジローの顔をのぞきこんで、微笑んだ。長い黒髪がキジローの頬をやさしくなでた。
「俺が怖くないか?」
「怖い?どうして?こんなにやさしいのに?」


 眠っているものとばかり思っていた。キジローがシャワーを浴びて、ネット・ニュースを調べて戻って来ても、サクヤは同じ姿勢のまま横たわっていた。首を触るとひやっと冷たかった。脈が細い。
「セバスチャン!」
 間髪入れずに返事が返ってきた。
「はい、モニターしてます。ミズ・サクヤを医務室にお連れ下さい」

 治療槽の前から、キジローは一歩も動かなかった。両肘をひざに乗せ、組んだ両手を口に置いたまま、目はサクヤに据えていた。
 セバスチャンがコーヒーを持ってきた。
「ミスター・ナンブ。ミズ・サクヤは時々、こういう深いコーマ(昏睡)に陥りますが、異常ではありません。これが彼女の常態です。我々はそういう場合の指示も受けております。どうぞ、あまり心配なさらないでください」
 キジローがあまりに動揺しているので、ジンとイリスまで呼び出された。
「本当だって。俺も聞いてた。大体、サクヤはふだんほとんど眠らないし、食べないんだそうだ。それで、ひどく疲れたり、ショックなことがあると、冬眠状態になって回復を待つらしい。そういう体質なんだよ」
 キジローは頭を抱えた。
「このまま目を覚まさなかったら、俺のせいだ」
 治療槽の中のサクヤが全裸だったので、さすがのジンにもどういう事態かわかった。セバスチャンにサクヤの服を持ってこさせて、イリスに着換えさせてもらった。
「そんなことないって。いつも、2,3日で目が覚めるらしいし。な、セバスチャン」
「ここにいらしてからはありませんが、以前は3年ほど昏睡したことがあったそうです。でも健康に目覚めました。キジローさん。今はあなたの方が心配です。血糖値が下がっているし、血圧と心拍数が高すぎる。どうぞ、医務室から出て、少し何か召し上がってください」

「イリスがホタルと遊んでいるんだから心配ないって」とジンは言った。イリスは治療槽の中のサクヤをひとめ見るなり「寝てる」と言ったのだ。「ずっと心配ごとがあって、やっと安心して寝てる。3日で起きる。」というのが見立てだった。
「とにかく、あんたまで倒れないでくれ。カプセルはひとつしかないし、あれは一人用だ」
 カプセルできゅうくつにサクヤと浮かんでいるところを想像して、キジローは観念した。ゲオルグの用意してくれたコーヒーをすすって、木の実入りのスコーンをかじった。この3,4日で初めて口にするまともな食事だった。
「うまい」
 木の実の滋味が口に拡がって、緊張が解けた。キジローはまた頭を抱えた。
「どうしてもっと早く気がつかなかったんだ。眠ってるとばかり」
「いや、眠ってるんだって。カプセルも必要ないくらいらしいぜ。3年寝た時なんか、どこぞの洞窟で2人で砂に埋もれてたらしいし、その前は、4,5年、小惑星群の間で浮いてたって言ってたから」
「2人でってことは、ボウズもあんな冬眠状態になるのか?」
「ヤツは、付き合ってゴロゴロしてただけだって言ってたけど」
 キジローはまだ片手を頭に置いたまま、ほうーっと息をついた。
「死んだりしないんだな?」
「大丈夫だと思うよ。あのセバスチャンがそういうんだし。変調があれば、イリスに伝わる。セバスチャンは客にウソをつくかもしれないが、イリスはウソをつけないからな」
「私もウソなどつきません!」
 ソファの横のコンソールから抗議の声が上がった。
「客の会話を盗み聞きしているヤツが信用できるかい。どうせトイレもベッドもモニターしてるんだろう?」とジンがからかった。
「・・・音声は呼ばれた時しか入りませんよ?」
「本当にモニターしてやがったのか。とんだストーカーだな、セバスチャン!」
「ここは私のハウスです。大体、ここは居住向きに設計されてません。ラボ仕様ですから、死角は一切ありません」
 キジローはまた頭を抱えてしまった。