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暖房の効いたダイニングで2人は汗だくだった。
少しでも身体を離したら見失ってしまうとでもいうように、ぴったりと身体を寄せ合って、さらに必死でお互いを引き寄せ合っていた。痛みにサクヤは身じろぎしたが、それでもさらにキジローにしがみついた。
この人を失うわけにいかない。流砂に奪われるわけにいかない。朝まで持ちこたえれば、2人で生き延びられる。
愛し合っているというより、まるでレスリングだった。でも闘っている相手は、”死”だ。絶望に捕らえられないように、2人で闘っているのだ。
ようやくキジローが落ち着いて寝息を立て始めた時、サクヤは安堵の涙を流した。
そうして初めて、片割れがなぜ昨夜帰ってこなかったか思い当たって、身体がすうっと冷たくなった。
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サクヤはラボでシャーレを並べて、組織培養の準備をしていた。アシスタント・ロボットに頼める単純作業だが、細かい仕事をしていると気が紛れた。
3日前の朝、眠っているキジローを残して、山の北の泉にエクルーを迎えに行ったのだ。キジローと2人きりでドームにいるのが怖かった。でもエクルーはまだ戻らない、と言った。このまま、北半球の泉をパトロールして苗床をメンテしてくる、と言って、サクヤをおいてヨットで北に向かった。いつもは、数日振りにサクヤに会うと、ハグにキスに、と過剰に接触してくるエクルーだが、その朝は肩にさえ触れなかった。それがまた、いたたまれない。
自分はエクルーに何を期待して、北の泉に行ったんだろう、とサクヤは考えた。
キジローとのことを怒って欲しい?祝福して欲しい?何か安心できることを言ってくれる、とどことなく期待していたのだ。何て甘えた考えだろう。
ドームに戻ってみると、キジローの姿はなかった。
「ソーリー(すまなかった)」と書いたメモが1枚残されたきり。
サクヤは2人ともを裏切って、2人から否定されたような気持ちだった。自分は間違っていただろうか。
でも、絶望に取り付かれたキジローを支えたい、助けたい、という気持ちは本当だった。なのに、この罪悪感は何だろう。
培地をはった300のシャーレにペトリの着生シダの切片をのせてインキュベーターに入れた。手が空くとまた、堂々巡りの考えに取りつかれてしまう。
罪悪感・・・なぜ?誰に対して?
サクヤは、ジンの設計してくれた苗床カタパルトの図面をモニターに呼び出した。1辺1mの土の立方体が水溶性ポリマーのコンテナに入っている。土の中には微生物を含んだ腐葉土層と植生の幼生が、数種取り合わせて入っている。湿地用、乾燥地用、林床用、高木の実生と潅木、高地用など30ばかりの種類のコンテナが用意されていた。
108の苗床ドームからカタパルトで打ち出された土のコンテナは、2体のガードナーロボットに誘導されて着地し、地面に埋め込まれる。ロボットはドームに戻って、次の苗床を運ぶ。180ミリの雨が3日降り続くと表面のポリマーが溶けて、土は大気と触れ合うのだ。環境が合えば、幼生がその土地に根付く。
108の泉の周囲にどういう配置で、コンテナを植えつけるべきか。地下水脈の流れや、ホタルたちの予測する気候変動を考慮して決めていかなければならない。
ハンガーではメカニック・ロボットが、ガード−ナーを量産してくれている。少なくとも216は必要だ。惑星全体をカバーして、植え付け、手入れしてもらうには。いろいろ相談した上、ガードナー・ロボットは本体は球体で、細いアームが8本。カニかクモのようだ。意外にもイドリアンには好評で、可愛がられていた。
植生の組み合わせに没頭していると、エンジンの音に続いてハンガーの扉の開く音が聞こえた。
エクルー?それにしては、エンジン音が違う。なぜ、セバスチャンが何も知らせなかったのだろう。まさか?
サクヤはハンガーに続くステップを駆け下りた。メカニック・ロボットが輪止めをかまして、ハンガーの扉が閉じて行くところだった。タラップが下りて、キジローが”タケミナカタ”から降りて来る。
走り寄ったものの、60センチばかり手前でサクヤの足が止まってしまった。
キジローが帰ってきた。でも何と言えば、良いのだろう?