8.嵐の夜に

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 3年ぶりに会った娘は、見違えるほどきれいになっていた。

 もう記憶にあるぽっちゃり柔らかそうな頬はなく、首も手足もほっそり伸びて繊細 な印象をたたえている。たった3年分の成長とは思えない。少なくとも14か15 に見える。不自然に強いられて作られた少女の姿が、その少女を生んだ直後に死ん だ母親の面影に生き写しで、キジローはショックだった。だが、同時に不思議な 満足感があった。思い残すことは何もない。このままキリコに殺されてもいい。
 本望だ。

 本気でそう思っていたのに。
 俺の腕の中でキリコの眼の光が消えた。俺を殺そうとしていたのか、助けを求めて いたのか、俺にしがみついていた腕の力がなくなった。

 俺は抱きしめてやることもできなかった。


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 イドラの宙港で、いきなり足止めをくらった。
 強面の武装ロボットが「船籍コードの確認です」と言って、船の車軸に輪留めをかけて強制的に固定してしまった。
「3ヶ月前にコードサインの更新したばかりだ」とエクルーがライセンスを見せた。
「先週、大規模なコード擬装が発覚したため、精度確認させていただきます」
「じゃあ、さっさとやってよ」
「宙港を通るすべての船を拘束して再確認せよ、との命令です。あなた方の船は整理番号135番です」
「明日までかかるじゃん!どうやって帰れっていうんだ」
「搭載している小型船は稼働して下さってかまいませんよ」
 エクルーはため息をついた。
「キジロー、ドームに帰るだろ?ヨット使っていいよ」
「おまえはうちに帰らんのか」
「俺はソーサーで紫川の泉に行ってくる。ゲートが開いてるから、ミナト達と相談してくるよ。何だか事態が加速してる気がする」
 キジローは答えずに、ぼんやりと塔のように尖った頂きの並ぶ脊梁山脈を眺めていた。
「キジロー、どうせテトラは明日まで検査から返ってこない。夕方には嵐が来る。今のうちにさっさと家に戻れよ」
 エクルーは大きな声を出して、キジローの肩をゆすぶった。
「しっかりしろよ。俺がドームまで送っていこうか?おい!」
 額を寄せて、間近でキジローの顔をのぞき込んだ。
「キジロー!大丈夫か?自分で帰れるか?」
「あ・・ああ。大丈夫だ。ドームに帰る。お前、ゲートに行っていいぞ。でかいカエルどもによろしく伝えてくれ」

 エクルーがソーサーで飛び去った後も、キジローはしばらくぼんやりと山を眺めてタバコをふかしていた。短くなったタバコで指をこがして我に返った。
「ああ・・・家に帰らなきゃな・・・」
 ようやくヨットに乗り込んで西の山脈を目指したが、もう磁気が乱れ始めていて、ガイドがまったく役に立たない。
「まあ、まだ明るいし・・・山を目印にすりゃ行けるだろう」
 ところが、ヨットはマニュアル操作を嫌がって、勝手に狂った磁気情報を従って荒野の真ん中のメサに突っ込んでしまった。
「サクヤに連絡・・・ムリか・・・どうするかな・・・」
 斜めになった船から外に出て、背中をぼりぼり掻きながら、明るい緑色の空を眺めてタバコを2本ふかした。
「そのうち砂嵐も来るな・・・じっとしてれば砂に埋まる・・・それもいいか・・・」
 その時、胸だけ明るい白のクリ色のカイトが低空をひるがえって飛んで行った。
「ああ・・・でも埋まる前に、もう一度姫さんに会いたいよな。あの花みたいな匂いを嗅いで、髪を触りたい・・・」
 キジローは座礁したヨットを捨てて、砂漠を山に向かって歩き始めた。足跡はすぐ埋まった。いくらも進まないうちに、砂嵐が襲って来て視界を遮り、キジローの姿をすっかり隠してしまった。





 サクヤはドームで落ち着かずに立ったり座ったりしていた。
 エクルーから「キジローがヨットでドームに向かうから、出迎えてやって」とメイルが来て、もう90分経過している。
 いくら町で何か用事を足しているにしろ遅すぎる。磁気嵐の警報を聞いてないはずがない。
 今回の航海はいつもの情報収集とちがっていた。カリコボが石の子供の思考を拾って、その星の配置からかなり正確にシャトルの現在位置をつかめたのだ。エクルーとキジローは、またシャトルが移動しないうちにその星域に飛んで、肉眼で拝めなくともせめて擬装した船籍コードかソナー・プロファイルでも手に入れられないか、と追ったのだ。レーダーで2機のシャトルを捉えたところで、エクルーが再び子供の悲鳴を聞いた。
”キジローと船の内部に飛んでみる。”
 それ以後一切連絡がなく、相手に探知されるのを恐れてサクヤからも通信を送らず、ただひたすら待った。丸2日待った。追うのに丸2日かかったから、2日は仕方ない。苗床の作業をしながらじりじりして待った。そしてやっと来たのが、「出迎えてやって」というメイルだったのだ。

 とうとう砂嵐が始まった。今夜の嵐はレベル5だ。キジローはどこでどうしているのだろう。町にいるならいい。でも胸騒ぎが止まらなかった。
「セバスチャン、ヨット出すわ」
「レベル5ですよ?」
「30秒に1回、ホーンを鳴らして。低い音で」
「それでしたら、せめてソーサーでいらして下さい。ヨットよりは風の影響を受けにくいですから」
「わかった。もし落ちたらムリに動かずに、嵐が過ぎるまでやり過ごすわ。拾いに来てくれる?」
「もちろんです。バッテリーは、ヒーターを十分に効かせても3日持ちます。けっして、ムリなさらないで下さい」
「ありがとう。行って来るわ」