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「じゃあ、こちらも目隠ししてやってみましょうか?」
ある朝、サクヤがアイ・マスクを渡した。
「しかし、そうするとお互いずっと明後日の方をうろうろすることになるんじゃないのか?」
「だから、これ」
5mくらいのロープでお互いのウェストを縛った。
「こうすると、3m以上は離れないから」
予想以上の緊張感だった。間合いを取りながらずっとお互いの息遣いを感じていると、実際以上に傍にいるようで、身体が熱くなってくる。
1本めは足払いを食らわしてキジローを尻餅つかせたサクヤの勝ちだった。2本めは、サクヤの棒を払い落としてキジローが取った。3本めはなかなか勝負がつかなかった。
きっさきを合わせながら、2人で円を描いていた。
緊張に耐えられずに、キジローがロープをぐいっと引っ張った。サクヤがバランスを崩したところで棒を落とそうと思ったのだが、想像以上にサクヤは軽かったので、結局倒れそうになったサクヤの身体を抱きとめる形になった。
アイマスクの暗闇の中で、しばらく息をはずませていた。やがてキジローがマスクをはずして、サクヤのマスクも取った。お互いの顔がすぐ側にあった。
「すまん。今のは反則だったな」
「そんなルールはないわ。何でもあり、なんでしょ」
密着した身体が熱い。動くのもためらわれて、じっとお互いを支えあっていた。
「じゃあ、俺たちは何を待ってるんだ?」
「さあ・・・ジャッジかしら?」
「アントンは見当たらないぜ」
「ここにおりますよ?」思いがけず近くから声がした。
「ただ、今の技はどちらのポイントになるか、いささか判断に迷っておりまして」
「今のはノー・カウントでいいわ」とサクヤが言った。
「では、もう1本マッチしますか?」
2人は顔を見合わせた。
「いや、今日はもうやめとこう。ちょっと試合のやり方を検討すべきだな」
「そうね」
「では、続きは明日ということで。失礼いたします」
ハンガーに2人が残された。
キジローはサクヤを立たせて、ロープを解いた。
「今のはノー・カウントだよな」
「ええ。そう言ったでしょ?」
「ついでに、これもノー・カウントにしといてくれ」
そう言ってキジローはサクヤの肩を抱くと、軽くキスをして、ハンガーを出て行った。
デッキに腹這いになってこっそり覗いていたエクルーはため息をついた。
(やっとここまで進展したか。イラつくなあ。このペースじゃ間に合わないじゃん)
ごろりと身体の向きを変えて、仰向けに大の字になった。窓から差し込む朝日がまぶしい。
(この分だとかなりの荒療治が必要かな。難儀な人たちだよ、まったく)