コント「トラの穴3」


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 毎日、朝食前にキジローはサクヤに棒術のけいこをつけてもらっていた。
 一通りの型を20本ずつ通した後、試合を3本。

 今朝も3敗してぺこりと頭を下げた後、キジローがぼそっと言った。
「すまんが、頼みがある」
「ええ。何?」
「そのひらひらしたスカートをやめて、ズボンにしてくれんか?」
「気が散る?だって下にスパッツを着けてるのよ?」
「あんたが天井にぶら下がる度にギクッとする」
「そんな事言って、相手が水着みたいな格好で攻めて来たらどうする気?」
「他の女がどんな格好をしてようとどうでもいい!」
 キジローが大きな声を出した。
「あんただから気になるんだ!」
 床に寝転んで見物していたエクルーが身体を起した。サクヤはびっくりして目をぱちくりさせた。
 キジローはくるりときびすを返してハンガーから出て行って、そのまま朝食にも帰ってこなかった。

 サクヤはサンドイッチとポットに詰めたコーヒーを持って、ドームの北西の丘に歩いて行った。
 丘の上の岩に腰掛けて、キジローが煙草を吹かしていた。
「朝ご飯」
「すまん」
 サクヤは細身のコットンパンツに、プラム色のヒップまでカバーする長い丈のチュニック・シャツを着ていた。
「これならどう?」
「ああ、すまんな。まったく、いい年して情けないと思うよ」
「年なんて関係ないでしょう?」
「そうかな・・・そうだな。あんた、ズボン似合ってるじゃないか。いつも長いスカートで隠してるから、ゾウみたいな足なのかと思ってたよ。どうして、普段ズボンを穿かないんだ?」
「エクルーの許可が下りないから」
「あいつも横暴だねえ」

 キジローはサンドイッチをもくもくと食べていたが、やがてぼそっと言った。
「忘れてくれないか?」
「え?」
「さっき、俺が言ったこと」
「ああ」
「ずっとじゃなくてもいい。・・・キリコが見つかるまで。願かけみたいなもんだ」
「わかった」
「早くキリコが見つかるように祈っててくれ」
「ええ」
 キジローが食べている間、サクヤは横に座って西の岩山を見ていた。自分もコーヒーを飲みながら、黙って座っていた。
「あのね、これはあなたが望む形なのかわからないけど、あなたが来て3人で暮らすようになって、私、今何だかとても幸せなの。あなたが来てから、ドームは変わったわ」
 キジローはサクヤの方をじっと見た。
「あなたといると落ち着くの。家族みたいに大切に思ってるわ。それじゃダメ?キリコが見つかるまで」
「わかった。ありがとう。キリコが見つかるまで・・・3人家族でいこう」

 この3人家族体制は、キジローが想像した以上に長く続くことになった。
 そして、時間の猶予ができたせいか、一度宣言してしまって気持ちが楽になったのか、キジローの態度が変わってきた。
 以前は3m以内に近づかないほどサクヤを警戒していたのに、自然に話すようになった。朝の試合で3本に1本、時には3本に2本勝つようになった。
「今までよっぽど遠慮してたんだな」エクルーは笑った。
「じゃあ、グレードを上げてもいいかしら?」
「遠慮なくやってくれ」