コント「トラの穴」


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 エクルーが、ハンガーの一隅にキジローを呼んだ。
「スカッシュ、やったことある?」
「ああ、一応」
「じゃ、これ」とラケットを渡した。
「ここに立って。このサークルから出たら、減点1点。球に当たったら減点3。球をよけたら+3。打ち返したら、+5。いい?GO!」
「うわっ、ちょっと待て。球がどっから・・・おい!いて!・・・STOP!」
「STOP!」とエクルーが繰り返すと球が止まった。
「プレイヤーの言うことは、2回繰り返さないとアクセプトされない。GOALだと、自動的に止まるけどね。球は8ヶ所から出るけど、今は上半分からしか出してないよ?」
「球速がべらぼうじゃないか」
「本当は、これつけてやってもらおうと思ってたんだけど」とアイ・マスクを見せた。「これで慣れれば、次は部屋の照明を落として、真っ暗な中でやってもらう。これから捜査を進めてアカデミーのサイキックに出くわしたら、この球1発のタイミングでお陀仏だからな」
 キジローが手を伸ばした。
「それ寄こせ。そのアイ・マスク。でも球速はちっと落としてくれ」
 エクルーが、メカニック・ロボットに指示を出した。
「じゃ、アントン。球速は時速80km、マシン4つ。3分マッチ。行くよ・・・GO!」
「ー1点、+5点、−3点、+3点、+5点・・・・・・3分経過。止めます。スコア120点です」
「キジローすごいじゃん。目隠しした方が成績いいよ」
「まあな。最初はマシンの位置とか発射角度も把握してなかったから。・・・だが実戦では、マシンも動くわけだろう?飛んでくるのも等間隔じゃない」
「うん。実際、どんな攻撃がくるか想像もつかない。こんな訓練、気休めかもしれないけど」
「まあ、いいさ。”心の準備”ってやつだ。それにしても、この球、痛いぞ。見ろ、この青あざ」
「これ使う?ホッケー用のメットとプロテクターあるけど」
「最初から出せよ。涼しい顔しやがって・・・サドめ」
 そう言って、キジローは汗だくのまま床にのびた。
「お水とタオル、どうぞ。」メカニック・ロボットのアントンがボトルを差し出した。
「おお、すまん。ボウズ、お前ちょっとお手本見せろや」

 エクルーはにやっと笑った。
「いいよ。アイマスク貸して。・・・アントン、マシン8コ、球速時速140km、発射間隔は・・・4倍にしようか。毎秒2コ。発射リズムはランダムでいいよ。3分マッチで・・・GO!」
 8方向から飛んでくる球をリズミカルに打ち返しながら、エクルーが笑った。
「俺がサドなら、キジローは何なのさ?」
「俺?俺はまっとうだぞ?」
 エクルーが声を立てて笑った。
「うそだね。サクヤに惚れる男なんてよほどのマゾだよ」
 キジローが鼻を鳴らした。
「じゃあ、お前は何だってんだ」
「俺はサクヤを追いつめて、泣き顔見るとぞくぞくするんだ」エクルーは後ろに一回転して半径1mのサークルに下りると、タタンと2球打ち返した。
「やっぱりサドだな。お前、見せびらかして喜んでるだろう?」
「当たり前じゃん。でなきゃ、こんなしんどいデモやるもんか」
「こっちはハンデがあるんだぞ?」
「そんな事、敵さんには関係ない。そのうち、俺より強力なヤツが出てくるかもしれないし。サクヤはこの間、今の俺と同じ条件で満点出したぜ?」
「3分経過。1800点。フル・スコアです」
「とりあえず、サクヤに負けないですんだ。スオミはこの倍の球でも軽々とクリアすると思う。次の目標はスオミだ」
 エクルーは息も乱してなかった。

 キジローはむっくり起き上がった。
「俺はとりあえず姫さんが目標だ」
「あれ、プロテクターはいいの?」
「そんな重いものつけてやってられるか。だが、球は2秒に1コにしといてくれ」