p 2


「というわけで、俺は毎日その地下室に通ってサーリャを口説いた。”生まれてくればチャンスがある。”そうくり返した。別に具体的な策があったわけでもないけど、生まれる前からあきらめるなんて悔しいじゃないか。怖かったなあ。お袋さんに睨まれてさ。目は閉じてても、怖ろしいイメージを送ってきて、ますますサーリャを脅しつけて囲い込もうとする。俺は必死で明るいイメージを吹き込んだ。でないと、俺までその悪夢に取り込まれそうだった。そんなことを7年くり返して、やっとお袋さんの手からサーリャを奪い取った」
「7年?7年眠ったままだったのか?お前も7年通い続けたのか。その時、お前はいくつだったんだ?」
「地球の暦でいうと16かそこらかな。最初にサーリャを見たのは9つだ。それ以来、毎日家の仕事の合間に抜けてきては、サーリャに会った。日に日に育って、きれいになってゆくのを見てた。サーリャを怖い夢から救い出したかったというより、ただ、ガラス越しに見つめるだけじゃなくて、抱きしめて温めてやりたかった。そのためにお袋さんとケンカするのも厭わない、と思ってた。でも死ねばいい、と思っていたわけじゃない」
「・・・死んだのか」
「サーリャが目を開いた瞬間にね。それでもうひとつ、十字架を背負うことになったわけだ」
「バカな。生まれてくるのは、赤ん坊の当然の権利だ」キジローがきっぱり言った。
「うん。そう言ってやってよ、サクヤに」
「しかし、あれだな。その時は別の人種で血縁もなかったのに、今は姉と弟か。よっぽど縁が深かったんだな」
 エクルーはにっと笑った。「まあね」

「それで、サーリャは生まれると同時に母親を失ったわけだな。父親は?」
「星読みの司に夫も父親もいちゃいけないんだよ。神様に仕える乙女なんだから。でも血筋は絶えちゃいけない。で、どうすると思う?」
 キジローがのどをゴクリと鳴らした。「どうするんだ?」
「時々、寺に男が連れてこられる。目隠しされて、地下に引き出される。司も目隠しされて、口にサルぐつわかまされて、両手両脚を寝台に縛られている。その状態で、名前も顔も知らない男と一晩、一緒にさせられるんだ。受胎してないことがわかったら、また別の男が連れてこられる」
 キジローの顔は蒼白になって、肩がぶるぶる震えていた。
「そんな星、壊れて当たり前だ。ムリヤリ怖ろしい夢を見させて、散々利用した挙句、ウシやウマみたいに・・・」
「落ち着けよ、キジロー。サクヤがそんな目にあったわけじゃない」
「当たり前だ!!」
 怒りがなかなか退かなかった。
「ミギワはケレスをそんな目に遭わせたくなかった。それで、バカ正直にも父親に相談したわけだ。息子の愛した少女を救ってくれると信じて。でも、ケレスは跡継ぎでもない次男坊にやるには優秀すぎた。長男坊にはもう3人妃がいた。それに、王様は次男坊にはもっと政略上有利な結婚をさせたかった。というわけで、ケレスは島流しになった」
 キジローはまたひとしきり毒を吐いた。
「その王様の悪口はまだとっといた方がいいよ、キジロー。2000年以上も前から予言されてた惑星崩壊を実現させたのは、結局その王様が開発させた兵器だったんだから」
「わかってて、使ったのか?バカじゃないのか?」
「まあ、どこの政府も似たようなことしてるじゃんか」
 キジローは肩を落として、ため息をついた。
「そういや、そうだな。でも、そんな王様の星なんかのために、サクヤがいつまでも苦しむことない。そんな価値なんかない」
「王様にはね。でも星には王様以外にたくさん人や生き物がいて、サーリャはそれを愛していた。それにミギワのことも。いよいよ星が崩壊する時、ミギワは俺とサーリャを転送装置に押し込んで地球に送ってくれた。他にも次々と子供が送られてきた。サーリャは最後にミギワも来ると信じて待ってた。ずっと待ってたけど・・・」
「来なかったのか?」
 エクルーは答えずに肩をすくめた。
「あれから3万年くらい経ったのに、サクヤはまだおとむらいをしているんだよ」
「気に喰わん」キジローがぼそっと言った。
「そうそう、その意気。がんばってくれ」
「やけに俺をあおるじゃないか。何を企んでる?」キジローが聞いた。
「人聞きの悪い・・・企んでなんかないよ。ただ、キジローと俺は利害が一致してるから、協力体制を作っておきたいだけだ。それに、そもそもあんたが言い出したんだぜ、星の話を聞きたいって」
「そうだったな。で、どうして船は爆発したのに、サクヤの姉さんやおまえの叔母さんは助かったんだ?」
「女、子供からポッドやボートで星に下りたんだよ。避難民の2/3は無事だった。その中に、リッカとケレスとケレスの赤ん坊がいた」
「ケレスの赤ん坊だと?」
「ミギワとの間の子だ。ミギワは知らなかったけど。船の中で生まれて、星に下りた時はこっちの暦でいうと3つになってたかな?ちゃんと育って、風読みの女の子と結婚して、何と7人も子供を作った。これは快挙だぜ。俺たちは下層民扱いだったから、星読みと結ばれるなんて故郷じゃありえなかった。スオミからその甥っ子の話を聞いた時、サクヤは喜んでぼろぼろ泣いた」
 キジローはほっとしてため息をついた。
「だからチャンスだぜ。サクヤはお袋さんの呪いから解放されて、ちょっと前向きな気持ちになってる。今ならうまく口説けば、自分も子供を産みたい、くらいに考えるかもしれない」
 キジローはぎろっとにらんだ。
「お前、俺にサクヤを口説かせたいのか?」
 エクルーは明後日の方を向いて肩をすくめた。
「悪いが、俺もおとむらい中だ。キリコを取り戻すまで、女のことは考えたくない。でもお前のことは気に入ってるし、利害が一致してるから一緒に行動する。それでいいな?」
「いいよ?別に」
 エクルーはまた肩をすくめた。立ち上がってのびをすると、身体についた草を払い落とした。
「星の話はそれで大体納得した?何か質問は?」
「今のところいい」キジローはむっつり答えた。
「じゃ、俺はサクヤたちのサンプリングを手伝ってくる。キジローも来る?」
「いや、ここにいる」
「そ。じゃね」
「おい待て、ひとつ質問だ」
「何?」
「お前いくつだ?」
「サクヤの6つ下」
「それじゃ、サクヤはいくつなんだ?」
「女性の年齢聞いちゃ、失礼だろう」
 キジローはあきらめた。「わかった。行って来い」
「じゃね」
 エクルーは身軽に足場の悪い湿地を走って行った。

 湖畔に残されたキジローは、ごろりと草の上に身体を伸ばして、目の上に腕を組んで陽射しをよけた。
 7人のミヅチ、キリコの運命、スオミ、もうない星、おとむらいしているサクヤ・・・1日に処理できる情報量を超えていた。
 もう泣かない、もう笑わないキリコ。
 ミナトはまだ元に戻せると言った。生きていれば、まだチャンスがある。生きていれば・・・。