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 泡は青く光る石の壁の間を漂っていた。澄んだ美しい光だった。こんなに美しいのに、この石の光がどれほどの人の人生を狂わせたことか。グレンが声をひそめてジンに聞いた。
「オッサン、1番関係ないくせに、1番感極まってないか?」
 ジンはちょっと照れて言った。
「いや、関係ないから感傷に浸る余裕があるんだろう、きっと。他人事のように感動しちまって、申し訳ないと思ってるよ」
 グレンはじっとジンの顔を見て、ぽそっと言った。
「オッサン、いい奴だな」


 水面に戻った後、ジンとサクヤは周囲の地質や植生を見て回って、新たに標本を集めた。イリスはスセリに案内してもらって、ホタルの孵る場所を見に行った。
 スオミはグレンを誘って尾根道に登った。
「ムーアのお墓なの。今まで私とエクルー達以外、お参りする人がいなくて。家族が来たのは初めてよ」
 道々、摘んで来た花を手向けて、頭を垂れた。首をうつむけたまま、グレンはしばらく動けなかった。どう考えていいかわからなかった。会った事もほとんど聞いたこともなかった祖父が、自分の運命を変えてしまった。自分だけでなく、たくさんの子供や、その家族や、いくつかの星まで巻き込む事態になってしまった。
 きっとグレンが途方にくれた顔をしていたのだろう。スオミが軽く肩を叩いて笑った。きっと大丈夫よ、という笑顔だった。グレンは恥ずかしくなった。自分は父親を失っていないし、7人の養い親や住んでいる星を失う運命にあるわけじゃない。
 グレンも微笑み返した。何とかしよう。何かできることがあるうちは。

 エクルーとキジローは、湖畔に残って座っていた。
「ちょっとお前と姉さんと、ついでにいとことやらの事情を聞いとこうと思ってな。もうない星のことを聞かせてくれ」


 西に日が傾くころ、湖面の滝に面した湖が青く輝いた。
「イドラに日が昇ったな」とカリコボが言った。
「また来る。来方がわかったし」とジンが言うと、すかさずスセリが言った。
「一人では来ないで。必ずイリスを連れてくるようにね」
「なぜだ?」
「あなたは自分で自分の面倒を見られないでしょう?」とピシリと言われた。
 エクルーは笑いをこらえながら、呆然としているジンの肩を叩いた。
「スセリはイリスがお気に入りなんだよ。一緒に連れて来いって意味さ」
「このまま一度イドラに来たらいいのに」とグレンがスオミを誘った。
「ええ、すぐ行くわ。ゲートはいつもどこか開いているから。メドゥーラおばあさんによろしくね」

 ゲートに入る時、またキジローがサクヤの手を握った。
 イドラの泉に出てきたところで、イリスが片手を腰に、片手の指をキジローの鼻先に突きつけて、啖呵を切った。
「おい、お前はエクルーからサクヤを取るつもりか。エクルーはな、お前よりずっと前からサクヤを・・・」
 ジンとエクルーが、2人がかりでイリスを押さえた。
「気にするな。イリスに悪気はないんだ」
 ジンは、慌ててイリスとグレンをヨットに乗せて北に帰った。
 キジローは、やや茫然自失の態で、ドームに帰った。
 サクヤは、「イリスは何か誤解してるのよ。とりあえず、お昼ぐらいまで眠りましょう」とあっさり言って、デッキの上に引き上げた。

 ハンガーにそそくさと逃げようとするエクルーを、キジローが捕まえた。
「いささか混乱してるんだが」
「うん。何だろう?」
「お前とサクヤは姉弟じゃないのか?」
「俺の両親が死んだとき、サクヤの父さんが養子にしてくれたんだ」
「じゃあ、血は全くつながってないんじゃないか!」キジローが憤慨した。
「まあ、そう。でも、同じ星の生き残りだから、遠い親戚と言えないこともないかも・・・」
「そんなこと言ったら、テラ系は全部親戚になっちまうだろう!」
「そういうことかな?」エクルーは明後日の方を見ている。
「もう1点、気になってるんだが」
「何だろう?」
「恋人がいるとか言ってなかったか?」
「割とよく、人のセリフを覚えてるんだな」
「ゴマかすな。さっきイリスが言ってたのはどういう事だ?」
 エクルーは肩をすくめた。
「俺は”恋人同士”とは言ってないよ。つまり・・・”心を捧げた人”というか」
 右手を胸にあて、左手を空に向けて、芝居がかったしぐさをした。
「だまされた・・・」キジローは顔を覆った。
「何か不都合でもあった?」わざととぼけた声で聞く。
「いや、いい。もう忘れてくれ」キジローはくるっと背中を向けて、寝室に向かった。
 その背中に向かって、エクルーは静かに言った。
「キジローはまだ何もアクションを起してないし、サクヤはあれで割りと鈍いんだ。だから、今のところ、何も事態は変わっていない。付け加えれば、こういうのはどっちが先とか関係ない。遠慮なく励んでくれ」
 キジローはふり返って、しばらくポカンと口を開けていたが、やがてぐしゃっと顔をしかめて、片手でおでこを押さえた。
「そうか。いつも忘れてるよ。お前、テレパスだっけ」
「失礼な。友人の思考を読んだことなんてないよ。キジローの場合、見てればわかる」
「わかる?」
「隠してるつもりだったの?あの状況で、わかってないのが、本人同士だけってのがスゴイよな」
 エクルーが誰にいうともなくつぶやいて、あくびをした。
「じゃあね、お休み。後は1人で勝手に悩んでくれ」とハンガーに向かった。