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 ビスケットとお茶で簡単な朝ご飯を摂った。コケモモのピューレをつけた、まだ熱々のさっくりしたビスケットはかなり美味だった。
「ばあちゃんの味と同じだ」
「直伝ですもの」スオミが笑った。

 キジローはまだ呆然として、ビスケットの味もよくわかっていないようだった。無抵抗にサクヤの差し出したお茶を飲み、渡されたビスケットを口に押し込んでいる。
 イリスはエクルーに耳打ちした。「どうしてあの黒い男は、サクヤにべったりはりついているんだ?」
「サクヤが医者で、彼はもっか患者だから」
「それにしても、ずうずうしすぎやしないか。俺がひとこと言ってやる」
 エクルーが慌てて止めた。「イリス。いいんだって。ヤツは今、支えが必要なんだ。俺もヤツのことが気に入ってる」
 イリスはじっとエクルーを見た。「余裕こいてると、さらわれるぞ」と言い捨てて、歩み去った。その後ろ姿に向かって聞いた。
「イリス、こいてる、なんて言葉、どこで覚えたんだ?」
「スセリから」
 エクルーはため息をついた。


 食後、ククリがちょっとしたツアーを企画してくれていた。
「蛍石の生まれるところをお見せしたいの。この星のエネルギー・スポットと言ってもいい。水の中に沈んで、堆積作用を受けて何万年もかけてできるのよ」
「ということは、水の中に潜って見に行くのか?」とジンが聞いた。
「大丈夫。濡れないし、息もできます。ほら、あそこに」湖の岸に直径5mほどの輪ができていた。
「みんな、この輪の中に立って下さい」
 輪が水中に沈むにつれて、周りに球状の空気の壁ができた。ジンが壁をつついてみると、そのまま指が水に突き抜けた。 ククリが先に立って泳ぎながら、泡の玉を誘導した。今まで首から上しか見ていなかったが、こうして水中で全身を見ると、ミヅチはしなやかでバランスの取れた美しい生き物だった。
「すごい透明度だな。20m以上潜ってるのに、ヴァルハラの光が届いている」とジンは感嘆した。
 キジローはまだ無感動に水面を見上げていた。泡に入る時点で、黙ってサクヤの手を握ったまま、一言も口をきかない。
(いくら医者だからって、あそこまでしなくちゃいけないのか?)イリスがテレパシーで聞いてきた。
(あそこまでって、手をつないでるだけじゃん。医者じゃなくても、母性本能ってのもある)エクルーが答えた。
(俺は知らんぞ)
(別に強要されたわけじゃない。サクヤがしたくてやってることなんだから、いいじゃないか別に)
(つまり、サクヤもあの男が好きなのか?)
(俺に聞かないでよ。サクヤに聞いてくれ)

 暗い水底に、青白い枯れ木が林立していた。木ではなかった。ミヅチの首だった。まるで生きているように瑞々しい肌をしているが、目を開けたままじっと動かない。沈むにつれて、白骨化した遺骸が増えてきた。
「ここは私達の墓場なんです。死期を悟るとこの水底に沈んで、静かに死を待つのです」
 みなを入れた泡がうずまく水路に入った。しばらく暗闇を進むと、前方に青白い光が見えた。ミヅチの上半身の骨が水の中で輝いているのだ。
「骨のタンパク質がオパール化して光っているんです。こんな風に表面に出ているのは、この一体だけですが、あとはこの地層の中、さらに深いところに埋ってます。そして、どんな深みにいても、交信できるんです。私達と、蛍石と、星と。いつも会話しながら、この風景を守ってきました。どれかひとつ抜かしても、存続できません」
「イドラに連れてきたこのチビどもは?」とジンが聞いた。
「彼らは大丈夫。私達の本来の寿命は数百年です。我ら7人はもう3000年前後生きてます。これは、生き物としては不自然なことだわ」ジンはぎくりとした。サクヤとエクルーは、3000年生きてると言ってなかったか?
「つまり、私達は地下に埋った祖先の石の力で、生き永らえているんです。石が無力化したとたん、私達の身体は散るでしょう。例えば、もし私だけイドラに移ったとしても、3日ももたないと思います」
「チビたちは・・・」
「本来のホタルの生態に戻るだけです。石がなくても、短距離のテレポートや透視程度ならできるでしょう」
(・・程度、と来たもんだ)とグレンはため息をついた。自分は仲間内では、かなりカンのするどい方だと思っていた。しかし、エクルーにもイリスにも、最近来たキジローにも太刀打ちできないので、無力感に苛まされた。
 その心を見透かしたようにククリが微笑んだ。
「こうした特殊能力は、生き物が生き延びるために必要な力だったかもしれない。敵の接近を知り、天変地異を予知して逃げるために。それ以上の力は・・・その命にとって負担になるだけだわ。私達は、堆積してゆく石の力に頼って、不似合いな能力を持ってしまった。地上に住む生き物が、自分の住む星の心に共鳴して運命を共にするなんて・・・本当は不自然なことなんでしょうね」
 ジンはまたギクッとした。”星の声を聴く”。サクヤはそう言ってなかったか?ふと見ると、キジローもいつの間にか正気を返った顔をしていた。手をひかれて泡に乗ったくせに、今度はサクヤを支えるように手を握っていた。