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 ジンが右手を挙げた。
「ちょっと訊いていいか。このペトリが崩壊すると聞いたが、原因は何なんだ?」
「俺たちが壊すからだ」とヤトがあっさり言った。
「壊す?星を1コ丸々?どうしてまた・・・?」
「蛍石を全て無力化させるためだ」
「石を無力化?」
「蛍石は紫外線や宇宙線に弱い。水から引き上げるだけでも次第に消耗するが、時間がかかりすぎる。大気圏外に放り出せば、一気に力を失う」
「じゃあ、石を1コずつ放り出せばいい。何も星ごと・・・」
「蛍石の地層は地下深く埋っている。すべて掘り出せば、いずれにしろ星はボロボロだ」
「そんな深いとこの石は放っとけばいい・・・」
「もう、こんな事を繰り返したくないんだ!!」ヤトが遮った。
「石を埋め込まれた子供の思考が、日夜届く。声に出さない悲鳴が聞こえる。表情に表れない涙が見える。こんな石、存在してはいけないんだ!」キジローは聞こえているのかいないのか、真っ白な顔で肩を震わせている。
「だからって・・・」とジンが言い募った。
「もう、この星は生きる意志を無くしてしまった」とヤマワロが言った。
「星の意思・・・?」ジンは当惑した。
「我々は石を通じて、星の声を聞いている。子供たちの悲鳴を聞いて、この星はすっかり絶望してしまった。我々が何もしなくても、早晩自壊するだろう」
「その前に、石の子供たちは助けたい。それから、イドラの被害をできるだけ防ぎたい。そしてあの子を連れて行って欲しい。それが、君らを呼んだ理由だ」とミナトが言った。


 ミナトの視線を追うと、肩から布袋をかけた少女が歩いて来る。腰までの銀髪が、日を受けて輝いている。サクヤが手を上げると、微笑んで手を振り返した。
「あの子がここに辿り着いた時、まだ5歳だった。我々もできるだけ世話を焼いたが・・・ムーアがいなければ、あんなに元気に育ったかわからない」
「ムーア?俺のじーちゃんのこと?」グレンが聞いた。
「そうだ。ムーアはずっとこの星にいたんだ」
「いた・・・・今は?」
「亡くなった。3年前」
 スオミは袋一杯に、様々なベリーやライケンを採って来ていた。スオミはきれいなイドリアンをしゃべったが、連邦標準語はカタコトだった。
「かなり教えたつもりなんだけど」とスセリが言った。「テレパシーで言葉を教えても、なかなか身につかないみたい」
 スオミは木の実の粉にベリーやライケンを入れて、手際よくビスケットを焼き始めた。
「これはイドリアンの炉だ。それに、あのコが着てるのは、俺たちと同じ服だよ」とグレンが言った。
「メドゥーラが季節ごとに送ってくれたの。ゲートが開いた時に。服や食べ物や、色んなものを」スオミが説明した。
「バアちゃんが?」
「ええ。私のことを”月に住んでるもうひとりの孫娘”と呼んで下さって」
「じゃあバアちゃんは、ジイちゃんがここに住んでることを知ってたのか?」
「ええ。私を通じて。つまり、私がメドゥーラと泉で話していることは、ムーアには内緒だったの。もちろん、知ってたと思う。穀物やイドラにしかない野菜をもらってたから。でも、絶対に直接話そうとしなかった。一度、聞いてみたの。そしたら、”私にはその資格がない”って・・・」キツネ色に焼けたビスケットを上手にひっくり返しながら、スオミは話し続けた。
「でも、私、メドゥーラに聞いた家族のこと、できるだけ伝えるようにしていたの。ムーアはいつも、聞いてないフリをしてた。でもね、あなたが秋祭りの野駆け競争で一位になった話をした時ね、初めてこっちを見て、”そうか・・・”ってひとこと。すごく幸せそうだった」
 グレンはどう反応していいかわからなかった。自分の子供ひとりを救うために、多くの子供を受難に追いやり、とうとう星ひとつを崩壊する事態を招いた男。その男が、自分を誇りに思っていた・・・?自分を罰するために、家族から離れてここに隠遁していた?
 グレンはスオミの横にひざをついて、お茶の用意を手伝いながら聞いた。
「スオミ、君は知ってたの?俺のジイさんが石を持ち出したって」
「ええ。話してくれたもの」
「それで許せたの?君のお父さんが亡くなったのも、君がここでひとりでここに住んでるのも、元はといえば、うちのジイちゃんが・・・」
「でも、私、ずっと幸せだったもの」とスオミが微笑んだ。
「父のことは悲しいわ。今、ここにいてくれたら、と思う。このきれいな星を見せてあげたい。それに父がいれば、他の子供たちを助けるのに、きっと力を貸してくれたと思う。でも私はここの星に来て、寂しいと思ったことがないの。ムーアはめったに笑わない人だけど、いつも見守ってくれてやさしかった。ククリは心配性で、スセリはいつも私で着せ替え遊びをしてくれて・・・。私は父を失ったけど、8人の養い親にもみくちゃに愛されて育ったの。メドゥーラもいたし、ここ数年はエクルーやサクヤも来てくれた。今日はまた、こんなにたくさん仲間が来た。・・・私の人生は、もらったものの方が多い」
 グレンは胸がつまってしまった。
「ごめん。俺、じーちゃんのことも、君のことも、何も知らずに今まで生きてきた。」
「でも、これからは泉で話せるでしょう?私はメドゥーラの月の孫なんだから、あなたとはいとこ同士よね」
「まだ修行を始めたばかりだから、あんまりうまく見えないんだけど」
「今日ここに来たから、格段に上達するはずよ」
「そうなの?」
「石の量がちがうもの」