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 キジローは、温室のベンチに座ってドームの外の嵐の音を聴いていた。ひどいもんだ。確かにこんな夜に砂漠を飛ぶなんて、マヌケのすることだ。それでも、キジローはドームの外に出たかった。この胸苦しさから逃れるために。


 うす暗がりの中、ホタルが4、5匹漂っている。こいつらは水盤の水と空中を行ったり来たりしているらしい。
 ホタルがひとところに集まって、相談するようにくるくる回っている。
”ワルイユメ、クルシイ、クルシイ”
”タスケテ、ホシヲ、タスケテ”
”イシノ コドモヲ タスケテ”

 青白い光の下にカウチがあった。サクヤが横たわっている。
 眠っているというより、目を閉じて、胸の上に手を組んで、瞑想でもしているようだ。苦しそうに口がゆがみ、眉間にしわが寄っている。
 悪い夢でも見ているのか?
 サクヤが叫び声でも上げるように口を開き、空中に手を伸ばした時、キジローは思わずその手をにぎった。
 そして、その瞬間、自分がどこにいるのかわからなくなった。

 ゴウン、ゴウン、と駆動音がする。どこかの船の中らしい。
 円柱型のカプセルが並んでいる。中には肌が異様に白い子供。眼球の白い部分が赤ん坊のように青い。
 ああ、そうか。この子らは、アルと同じだ。だが、何か違う。この子らは、アルのように笑ったり、さびしそうな表情を浮かべたりしない。
 額から頭頂、そして額から後頭部にかけて金属の輪が見える。装着されているというより、肌に埋め込まれているようだ。

 一人の子供が、カプセルから引き出された。
 ああ、この子は殺されに行くのだ。誰かを殺しに。自分を殺しに。
 この子もアルのように狂うのか?それとも解剖されるのか?

 ヤメロ!(ヤメテ!)モウ ソンナ ヒドイコトハ ヤメロ!(ヤメテ!)

 はっと我に返ると、間近にサクヤの顔があった。頬が涙で濡れていた。キジローは自分の両手が、サクヤの手を包んでいるのに気がついた。
「や、すまん。うなされているみたいだったんで、つい・・・」
 サクヤは何とも答えず、言葉を忘れたようにキジローの顔をじっと見つめている。まるで小さな子供のようだ。
「よかったら、あんたが寝付くまで傍にいる。もう悪い夢はこない」
 サクヤは素直にうなずいて、また目を閉じた。今度はさっきの瞑想と明らかに違う。かすかに寝息を立てている。キジローもその寝顔に安心して、サクヤの手を握ったまま、カウチの横で眠りこんでしまった。

 朝日の中で目が覚めると、カウチはすでに空っぽで、自分は毛布にぐるぐる巻きになっていた。
 エクルーがまた、折りたたみテーブルを小脇に温室に入って来て、「メシー!」と呼びかけた。
「キジロー、顔、洗ってこいよ」とつけ加えた。
 食卓で、サクヤは「南部さん、おはようございます。よく眠れて?」と笑いかけた。
「ああ、お蔭さんで」と答えた。

 眩しい光の中で、キジローの腹は決まってしまった。

 この人を、悪い夢から守ろう。
 この風変わりな弟も、ヘンなサンショウウオも、半植物人や原住民も含めて、この星を守ろう。
 そして、キリコも含めて、白い子供たちを救うのだ。

「キジロー、あと何枚、パンケーキ喰う?」
 英雄的な決意を、エクルーののんびりした声がジャマをした。
「3枚。コケモモのシロップで」


 朝食の後、エクルーがキジローを宙港に送っていこう、と言った。
「ゲートが開くのは、今夜の夜半過ぎだ。うちのハンガーにスペースあるから、嵐がやんでるうちにタケミナカタを持って来とけばいい」
 ヨットで町はずれの宙港に向かいながら、キジローは改めてぞっとした。昨日見た時と、地形がまるっきり変わっているのだ。
「けっこう迫力あるだろ、ここの嵐」
「ああ。泊めてもらって命拾いしたんだな」

 エクルーが前方を見たまま、ぽつっと言った。
「昨日はサクヤが世話になったね」
「あ、毛布!お前だったのか!」
「当たり前だろ。サクヤにあんたを転がして、毛布敷けるもんか」
 キジローは何と言っていいか、わからなかった。

「いつもサクヤが予兆を受けると、俺が散らしていたんだ」
「予兆?」
「夢を見たろう?」
「ああ」
「あれは本当に起こることだ。時間軸は多少、前後するけど。情報は欲しい。でも、夢に囚われて、不必要に苦しむことはない」
 では、サクヤはずっとあんな夢を見続けなくてはいけないのか?
 エクルーはキジローの方を振り返って言った。
「あんたは、夢を散らすのがうまい。これで、俺に何かあっても安心だな」
 キジローはエクルーの頭をガツンと殴った。
「何、縁起でもないこと、言ってんだ。2人きりの姉弟だろう。ちゃんと孝行しろ。俺で役に立つことは、協力してやるから」
「うん・・・」
 そう答えたエクルーが妙に寂しげだった。心許ない、迷子のような表情をしている。キジローは不安になって、ちょっとからかってみた。
「俺に任せてみろ。姉さんの安全は保障せんぞ」
「うん」とエクルーがやっと少し笑った。