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夕食の時、キジローは無口だった。
サクヤがいろいろ話題を出して水を向けても、おざなりな返事しかしなかった。エクルーは涼しい顔をして、黙々と食べていた。
とうとうサクヤが言った。
「南部さん。お疲れのようだから、早めにお休みになっていただいた方がいいかも。シャワーは寝室の横。ベッドは整えてありますから」
台所を片付けながら、サクヤがぽつん、と言った。
「私、南部さんに何か失礼なことを言っちゃったかしら。」まるで、しかられた子供のような顔をしている。
「自分の言葉を何度も思い返しているんだけど、思い当たらないのよ」
エクルーはサクヤの頭を片手で引き寄せて、おでこにキスをした。これは、いつもの2人のあいさつだった。
「サクヤのせいじゃないよ。キジローは本当に疲れてたんだと思うし。何年も孤独ですさんだ暮らしをしてたんだ。急に、こんな所で風変わりな連中にもみくちゃにされたら、ちょっとブルーになっても責められないんじゃない?」
「そうね。そうかもね」
最後の皿をカップボードに戻しながら、サクヤは聞いた。
「今夜もあなた、船で寝るの?」
「そのつもりだけど。どうして?」
そうすると、ドームにはサクヤとキジロー2人きりになる。
「キジローが怖い?」
「いいえ、そんなんじゃないけど。また失礼なこと、知らずに言っちゃったらどうしよう、と思って」
「添い寝して、ボディガードしてやろうか?」
「いえ、けっこう。カウチが壊れたら困るもの」
キジローは客室で眠れない夜を過ごしていた。
何なんだ、俺は?15や16のガキじゃあるまいし。食卓で礼儀正しい会話もできないなんて。
自分がサクヤを意識しているのは自覚していた。エクルーに指摘されるまでもなく。
妻が死んで8年。丸っきり女っ気がなかったわけでもない。しかし、3年前にキリコがさらわれて以来それどころではなかった。
そうだ。それどころではない。俺はキリコを見つけるために、ここに来たんだ。相棒の姉さんにのぼせている場合じゃない。
エクルーが差し入れてくれたバーボンをロックであおった。いくら飲んでも酔えない。眠気も来ない。イライラして叫び出したい衝動にかられた。
いかん、ちょっと風に当たろう。
寝室を出て、温室に向かった。
夕食はキッチンの横の、小さな窓しかないダイニング・テーブルで摂った。あれがいかん。密室のようだった。小さなテーブルで斜め前に座ったサクヤが動くたびに、何か花の香りがした。
温室での昼メシは楽しかったな。
あんなに息苦しい思いはしなかった。天井の高い明るい空間でゆったり食事をとりながら、時々サクヤを見ていた。彼女の瞳に緑が閃かないか、と待ちながら。
何てこった。今朝、バザールで会って以来、自分はずっとサクヤを追っているのだ。五感の全部で。