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 パープル・セージのメイン・ストリートを歩きながら、エクルーはちょっと笑った。
「姉さんが次に好きになる男、見えたな。年上のちょっと影のあるヤツに気をつけろ」
「ファザコンだと言いたいんでしょう。でも私、次に好きになるのは、甘えん坊な人だと思うわ」
「どうしてさ」
「キジローがけっこう甘え上手なのよ。12才の女のコに罪悪感もたせて、そまつに出来ないって気分にさせるの。ズルイわよね。サクヤもそこにだまされたんだと思うわ。トラウマを武器にして女性を口説くのよ。泳げないと言って、水の中でサクヤと手をつないだり、ポッドに入る時は閉所恐怖症だから一緒に入ろうとか言うのよ。かわいいウソつくでしょ?」
 エクルーは笑ってしまった。サクヤは、娘を失ったキジローの落胆ぶりが見過ごせなくて堕落されたのだ。
「姉さん、そんなに冷静に分析ばかりしてると、いつまでも自分が主役の恋愛ができないぞ。あんなもの勢いなんだから」
 スオミがくすくす笑った。
「7歳の男のコに恋愛のアドヴァイスをもらうなんてね」

 裏手の庭から家に入ろうとした2人は、ポーチに座っているキジローとサクヤを見つけた。
 サクヤはキジローのひざに乗って、キジローの腕につつまれて、この上なく幸せそうに微笑んでいる。エクルーはため息をついた。俺もスオミを見習って思い切ろう。俺じゃあんな笑顔を守ってやれない。

 サクヤが庭の生け垣に立っている2人を見つけて、ぱっと顔を輝かせた。
「エクルー! スオミ! 帰ってきた! どこ行ってたの?」
「これ。パープルセージが岩棚の上に一面に咲いてたんだ。おみやげ」
「きれい。落ち着いた紫色ね。葉は銀色がかっていい匂いがする。ありがとう」
 エクルーから、セージの小枝を受け取ったサクヤはやっぱり胸が痛むほどうれしそうなので、エクルーは混乱してしまった。くそっ、人がせっかく決心しようと思ってるのに。

「弁当でも持って、みんなで花見に行くか?」
「すてき。私、お弁当作るわ」
 サクヤが宣言した。
「サクヤの料理は大ざっぱすぎるから、卵とソースは俺に作らせてくれ」
「だめよ、エクルーたらずっと台所を占拠してるんだから。今日は立入り禁止。私達のまずい料理を食べてもらうわ」
 スオミも反論した。キジローは声を上げて笑った。
「スオミのチリコンカルネはなかなかのもんたっだぞ。ボウズが船で作ってくれたのよりうまかった」
 スオミはぽっとほおを染めた。このオッサンは……せっかく姉さんがあきらめようとしてるのに。

 3人が台所でわいわいやっている間に、エクルーは子供部屋からジンに通信した。ジンにもらったチップを挿し込んで、逆探知プロラクトをかけた。
「よお、そっちはどうだ。サクヤはちっと元気になったか」
「キジローと仲良くて、あてられるよ」
「ははっ、そりゃいいじゃないか。サクヤと別れてオプシディアンに向かった時のヤツの情けない顔を見てやりたかったよ。よく丸7年もガマンしてたもんだ」
「丸7年動けなかったんだよ。何度も透けて消えそうになった。それで枕元についてる俺に言うことには ”キジローと約束したから、まだ消えるわけにいかない″ かなわないよな。もう2000年以上、早く自由になって空に融けたいとか言ってたくせに」
「お前もよくがんばったよ。まだ母親に甘えてていい年なのに」
「あの2人にハネムーンを過ごさせてやりたい。ジン、協力してくれない?」
「何を企んでる?」
「企んでるなんてひどいな。ただ、スオミにイドラを見せてやりたいだけだよ。俺が護衛をして、キジローとサクヤには思い切りイチャイチャしててもらう……と。どう。情報集めててくれてるんだろ? まだスオミは帰ったら危ないと思う?」
 ジンはまじまじとエクルーを見た。
「おまえ、ぼけたんじゃないのか? 俺なんかに聞くなよ。サクヤに聞けばいいじゃないか」
「いや、そうだけど。大人2人を説得するのにおすみ付きが欲しいのさ」
「それなら俺じゃなくて、泉守り2人のおすみ付きをやろう。メドゥーラもイリスも、2人とも早くスオミに来て欲しがってる。連れてきたフロロイドが次に衰弱して死んでるんだ。砕けて軌道上を回ってるペトリの石がどんどん弱ってるせいだと2人は言う。フラッシュバックもひどい。正気で思い出すにはひどすぎる記憶を抱えてるからな」
「そんな話したら、イドラにどんなワナが待ってるって言っても姉さんは帰っちゃうだろうな」
「俺の判断を言わせてもらうと、イドラはサンクチェアリに指定された上に、アカデミーの中心ブレイン3人が白状したもんでセキュリティが厳しくなった。俺は2度と石を持ち出されないように、石の゛探知機″を作らされた。ヘタな田舎にひっそくしているより、イドラの方が安全だと思う」
「わかった。後は俺たちが星に入るもっともらしい理由だな」
「ヘタな小細工はしない方がいい。キジローとサクヤがここにいたのは、正式な記憶で残ってるんだから、キジローの養女と息子が両親の知人に会いに来たっていうので十分だろう。惑星生態系保護局に申請書出してやるよ。俺んちが実質、イドラのサンクチェアリ事務局だからな。ムリがきく」
「キジローの息子って俺のこと?」
「ショック受けるなよ。少なくとも書類上ではそうなってるんだろ?」
 しかしショックだった。改めて人から指摘されると、その事実がこたえる。
「いいじゃないか。誰の息子だろうと。親にお前はそこにいて、相変わらずサクヤにべったり。それでいいだろ?」
「いいもんか」
 ジンがにやにやした。
「何だよ」
「いや、俺は感無量だよ。こうして俺の前で素直にすねるお前を見られるなんて。ずっと、いつもクールなエクルーにおちょくられてたからな」
「ちぇっ、勝手に言ってろ」
「改めて、メドゥーラとイリスにご託宣もらっとくから、そっちもサクヤに聞いとけ」
「色ボケで役に立つかわからないけどね、こっちの巫女は」
 ジンがまたにやっとした。
「まあ、そうすねるなって。そのうちいいことあるさ」
「くそっ。もういいよ。イリスとメドゥーラによろしくね」


 紫と銀の荒野でサンドイッチを食べながら、エクルーは単刀直入に切り出した。
「姉さんと2人でしばらくイドラに行って来たいんだけどいいかな?」
 大人2人は顔を見合わせた。
「サクヤ、どう思う。まだ危ないと思う?」
 エクルーはたたみかけた。
 サクヤはしばらく黙っていた。心待ち顔を空に向けて、何かの音に耳をすましているような表情をしている。それから順番にスオミとエクルーの顔をまっすぐ見つめた。
「イドラに行くなら、途中でアルに会って行ってあげてくれない? 本当は一緒にイドラに連れて行ってあげて欲しいんだけど、ちょっと手続きと説得が必要だと思うから」
 そこで言葉を切ってキジローを見る。
「ああ、そうだな。それがいいかもしれん」キジローもサクヤを見る。
「ここ数年な、次々にアカデミーのブレインが捕まって、当時のことを自状してるだろう。あれ、アルがやっているんだ」
 キジローが告げた事実に、エクルーはショックを受けた。
 この身体になってから、サクヤにかまけて一度も会いに行ってない。今も2人に言われるまで思いつきもしなかった。アルはあんなにペトリに行ってドラゴンに会うのを楽しみにしていたのに。今はどろろの望みもかなわない。約束を守れなかった。つれて行くと約束したのに。アルは精神錯乱をくり返すことで、アカデミーの追手をまぬがれていたのだ。とはいえ見張られている可能性は高かった。ぎりぎりまでペトリの座標をアカデミーに知られたくなかった。あの時点でアルをペトリに連れて行くのは、アルとペトリ、両方にとってリスクが大きすぎた。
 結果として、空約束で15年もアルを山の中に閉じこめてしまったのだ。どんなに責められても弁解できない。
「アルはジンからお前のことを聞いて、ものすごく自分のことを責めてなあ」
 キジローはエクルーに向かっていった。
「自分だけが安全に守られて、エクルーにもペトリにも何もできなかった、と言うんだ。それで、度々、修道院を抜け出していろいろやってたらしい。シスター・シーリアは気づかない振りをして、フォローしてた。どっちにしろ、ヤツがその気になったら誰も止められないからな。はっきりとは言わなかったが、アペンチュリンにも何度かサクヤを見舞いに行ってたようだぞ。お前のことを知ってるみたいだった」
「サクヤ知ってた?」エクルーが聞いた。
「何度か……アルが手を握ってくれてるのを感じたことがあったの。でも夢かもしれないって思ってた。いつも何日も意識がと切れがちになった時、すごく身体があったかくなって楽に息をできるようになったことがあって……アルと出会った時の夢を見てた。本当に来てくれたのね」
「なのにどうして俺に会わずに帰ったんだろう」
「ヤツはどうもお前に会わす顔がないと思い込んでるみたいなんだ」
「そんな。俺の方こそ約束を守れなかったのに」
 キジローがにっと笑って、エクルーとスオミの肩を叩いた。
「だからさ、ヤツに自分を責めるな、と言って、ムチャをするなと説得するのに、お前ら2人ぐらい適任なのはいないだろう?スオミはミヅチ達の代理でヤツに話してやってくれ」
 スオミとエクルーは目を見合わせた。
「ジンはこのところ、ヤツをリクルートしにグァッサーガルテンに通い詰めてるが落とせないらしい」
「リクルート?」
「はら、アルは何かすごい天才少年なんだろ? 抜け出してひとりでムチャをするくらいなら。イドラに来てメテオ・システムだの、余所者をハネつける管制監視網の強化だの手伝え、と口説いてるらしい。実際、システムの原理とか実行プログラムの論文を見せたら、アルがあっという間にいん石の迎撃精度を3%上げたそうだ。なのに、ヤツは自分はイドラに住む資格がない、とか言ってるらしい」
「そんなバカな話しあるもんか」エクルーが憤慨した。
「だろ? そう言ってやってくれ。メドゥーラも気にかけてる。ヴァッサーガルテンまでどやしつけに行きかねない勢いだ。がとにかくどうにかヤツを説得して、イドラまで引っ張り出してくれよ」
「本当は私がいけたらいいんだけど……」とサクヤが言いかけた。
「それこそムチャだ。若い元気なもんに任せとけ」
 エクルーはスオミの方に向き直った。
「姉さん、どう? アルに会って話してくれる?」
「えぇ、それはもちろん。でも会ってくれるかしら?」
 サクヤがにっこり笑った。
「大丈夫。必ず会える。イドラにはアルが必要だと言ってあげて。少し脅迫してもいいわよ。アルがこないと50年後にはイドリアンの人口が半分になるって」
 スオミは真っ青になって声を上げた。
「サクヤ! それ何! 夢に見たの? 何が起こるの?」
「アルが来れば何も起こらない、と言ってあげて。本当かどうかは50年後までわからないわけでしょ?
その時、何もなかったら、あなたがイドラに来てくれたおかげよ、と説明すればいい」
 キジローはほっとしてため息をついた。
「ブラフか……。とんだ預言者だな」
「結果としてイドラにもアルにも得になるならいくらでもハッタリをかますわよ?」
 サクヤが片方の口の端をにっとあげて笑った。