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男が中継デッキ行きのエアバスに乗り込んだので、エクルーも乗客の最後からするり、とすべり込んだ。彼が今、何を考えているのかちっとも読めない。不思議だ。50mと離れていないのに。
男は第一デッキも第二デッキもパスして、貨物用カーゴ・ロフトまでどっかりとバスのシートに座ったまま動かなかった。バイザーの上から、さらに宇宙線除けの布を被っていて表情が読めない。エアバスには、もう4,5人しか乗客が残っていなかった。
まずったかな。あとの乗客は明らかにカーゴ会社の従業員だ。エクルーと黒髪の男だけが異質だった。
ロフトCで、男は降りた。エクルーはそのまま終点までエアバスに乗り、復路でロフトCに下りた。あんなに強い残留思念を残していた男だ。きっと追えるだろう、と思った。ところが、天井ばかり高く、ガランとしたロフトに残っているのは、雑多な思念ばかり。その時、一瞬、目の前を閃くように黒い思念の影が通った。
細く、するどい一閃。
思わず、エクルーは無警戒に個人用金庫をつなぐ細い通路に影を追った。
途端に、後ろから羽交い絞めにされた。顔は見えないが、あの黒髪だとわかった。男の声は冷静で、残酷な響きさえあった。
「言え。なぜ、俺を追ってる」
「追ってる?俺があんたを?」とりあえず、とぼけてみる。
「誤魔化すな。ターミナルからずっとつけてやがったくせに」
どうして気がついたのだろう。自慢ではないが、今まで尾行でまかれたことも、気づかれたこともないのだ。
「俺のケツ目当てのホモか?それとも・・・」
男はエクルーを吊り上げて、声を落とした。
「アカデミーのイヌか?」
ビンゴ。やっぱり彼も同じものを追っている。
「誤解だ。手を放してくれ。これじゃ話せない」吊り下げるのはやめたものの、のどくびをつかんだ手はゆるめていない。エクルーは低い声で言った。
「逆だ。俺はアカデミーを追っている。友人といとこが巻き込まれたんだ」
男は手を放した。エクルーはにっと笑った。
「俺の話に興味ある?」
男がまだためらっているので、エクルーはターバンとサングラスを取って、顔をさらした。布に抑えられていた銀髪を指ですいた。
「俺はフィル。友人はエクルーと呼ぶ。目がエクルー(うすとび色)だから」
長年の経験で、自分の外見が他人に威圧感を与えないのを知っていた。警戒されないが、ナメられやすい。
「話を聞く気があるなら、カシを変えよう。ここは盗聴器はないが、声が響く。監視カメラだらけだし」
「わかった。俺の船に来い」
「OK」
エクルーは再び、ターバンを頭に巻いた。
再びエアバスに乗り込み、ターミナルのロットに行くまで、エクルーは男に手首をつかまれたままだった。
「これ、何のおまじない?」
「今更、逃げられたら困る」
エクルーはくすくす笑った。「でも、ゲイのカップルに見えちゃうかもね」
男は再び、エクルーののどくびを掴んだ。
「バカにしてんのか。お前、やっぱり、男漁りのホモ野郎か?」
「やっぱりって心外だなあ。俺ってそう見える?」
そして声を落として、男の耳元でささやいた。
「落ち着けよ、キジロー。キリコを探したいんだろう?」