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 パンパス・スペース・ターミナル。

 エクルーはもう5日もここに居続けだった。
 待合いロビーのクッションの効いたシートで足を組んで頭を後ろにもたせかけ、顔には本を広げて漫然と聴いていた。
 ・・・・行き交う乗客たちの思考を。
 普段はブロックしてシャット・アウトしているから、よほどの”叫び声”しか聞こえない。扉を開いて、漫然と他人の雑念を聴き続けるのは、かなりのエネルギーが必要だった。徴兵された息子にすがり付いて泣きながら、母親が「帰りにミルクとソーセージを買わなくちゃ。」と考えている。ブロンドにキスして別れを惜しんでいる赤毛の男が、”彼女、今夜誘ったら来てくれるかな。”とブルネットの顔を思い浮かべている。

 このターミナルは最適だった。大きすぎない。だいたい全部の乗客をフォローできる。主要航路が通っていて、かなりの範囲の人間が通り過ぎる。そして、植民星団の軍人が多い。この星域は同盟が撤退しつつあり、星団が侵出しようと軍人の出入りが活発なのだ。

 エクルーは目をつけられないように気をつけていた。自分は人目をひかない方だと知っていたが、とりあえずひとつのゲートに長居しつづけないように気をつけていた。時々、短距離の定期船に乗って、1泊して帰ってくる。印象を変えるために、ゴーグルをかけたり、キャップをかぶってみたり。今日は、イオ・パンク風にマルチ・ボーダーのターバンを巻いて、小さな丸いサングラス、ひざまで編み上げたサンダルといういでたちだった。会話を遮断するために、イヤホンでボサ・ノヴァを聴きながら思考に耳をすます。プロジェクトが会話にのぼることは有り得ないからだ。

 すでに5日間、空振りだ。特に星団の軍人には気をつけて聞き耳を立てたが、”FV7U”に関しては収穫皆無だった。極秘プロジェクトで、関わっている人間どころか知っている人間さえ限られているとはいえ、ヒントぐらい拾えないかと期待して来たのだ。そろそろカシを変えよう。スタンドでオレンジ・ソーダを飲んで、となりのウィングに移動した。

 そろそろ潮時かな。今回は引き揚げるか。あまり一人で放っとくと、またサクヤが食べなくなって冬眠してしまう。
 第一、ターミナルにはロクな食べ物屋がない。台所を占領して、思い切り好きなものを作って、喰いたい。

 空いてたシートにどさっと座った途端、総毛立った。
”キリコ!キリコ!どこだ!”
 暗い、重い、血のにじむような叫びがエクルーを貫いた。少女を探し求める声。その少女のビジョンは”ボニー”だった。誰の残留思念だ?見回しても掴めない。
 思わず、エクルーは強い力で呼びかけてしまった。
(キリコ!どこだ!)
 勢い良く振り返った男がいた。背の高いがっしりした黒髪の男だ。身のこなしは軍人風だが、正式の軍服ではない。周りを見回している。
(気のせいか?だが確かに聞こえた。誰の声だ?)
 エクルーは目を合わせず、何食わぬ顔で本を読んでるフリをした。最近、何百回めかのブームになっているサリンジャーだ。
”バナナ・フィッシュにうってつけの日”の活字を眺めながら、男の思考を追う。
 何年もキリコを探し、探し疲れて、もう死をいつでものぞき込めるような絶望の淵に立っている。
”キリコ”が俺の夢のボニーなのか?キリコは5歳かそこらに見える。ボニーは12歳くらいに見えた。でも見間違うはずのない、強い意思を感じさせる太い眉と利かん気そうな大きな黒い瞳。目覚めたばかりの頃のノラ猫のようなサーリャを思い出す。まっすぐにサラサラとゆれる黒い髪。まちがいない。

 つかず離れず、思考を拾える距離を保って黒髪の男を追った。どうやら彼も、エクルーと同様こういうターミナルやステーションを何日かずつ張っては、情報を集めようとしているらしい。”キリコ”というのは娘、というところか。男は30をちょっと過ぎたぐらいだが、疲れて老け込んでみえる。目ばかりギラギラとすさんだ光をたたえていた。