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 その晩キジローがいつものようにハンガーでバーボンを飲んでいると、エクルーがやって来て
「俺にも一杯ちょうだい」と言った。
「珍しいな」と言いながら、キジローがもう一杯ロックを作った。
 エクルーはグラスを上げて
「おめでとう。サクヤにキスしてもらったらしいじゃんか」と言ったので、キジローはバーボンを噴き出した。
「苗床でよかったな。こっちでやってたらビデオで撮られるところだぜ」
「おまっおまえ・・・」
「俺は4時間くらい時差のあるところにいたんだけど、ラブ・シーンの間、周りに10ヶくらいデバガメ・ロボットどもがいたろう?すぐこっちのキューキューいうのに伝令が飛んで、俺に報告が来てさ。あいつら、何か勘違いしてるよな。絶滅危惧種の繁殖を観察してるような意気込みだよ」
 キジローは何とコメントしたらいいのかわからなかった。
「光栄に思えよ。俺の知る限り、サクヤの方からあいさつ以上のキスをされた男は、あんたが初めてなんだぜ?」
「キスの意味は聞くな、と言われた。あいさつ以上の意味なんかないかもしれん」
「あいさつで両脚の間に身体を入れてキスするのか。ずいぶん残酷な仕打ちだな」
「俺は何も言ってない。サクヤも何も言わなかった。キリコの件が片付くまでそれでいい。俺がそう頼んだ」
「ふうん」とエクルーはグラスを干して、もう1杯ロックを作った。
「今日はペースが早いな」
「そう?」エクルーは氷が融けるのも待たずに、生ぬるいバーボンをきゅうっと空けてグラスをたんっと置いた。
「おい、大丈夫か」
「大丈夫なわけないじゃない」と言いながら3杯めを作っている。

「俺だって、初めっから今の境地にいたわけじゃない。サクヤを相手にイライラしたりビクビクしたこともある」
 またぐっとあおって、グラスを空けた。
「探査船に乗り出した頃かな。閉鎖空間に2人きりで、その頃、毎晩のようにサクヤに予兆が来てたから、俺は同じシートで手をつないで寝てた。怖ろしい夢でサクヤが動揺してる時は、抱いてあやしながら寝たこともあった。本当に何がきっかけだったか覚えてないけど、急にサクヤの身体を意識しちゃって丸っきり眠れなくなってしまった」
 最早、氷も入れずにストレートで飲んでいる。
「サクヤが別のブースのシートで寝ろ、と言った。冗談じゃない。接触してないと予知夢の細部が見えない。サクヤはウソつきで、1番悪い部分を言わないのは知ってたし。イヤだ、と言うと・・・」
 エクルーはストレートを一息に飲んだ。「じゃあ、私を抱きなさい、と言った」
「おい。もう、やめとけよ」
「いくら飲んでも酔えない」そう言いながら、またグラスに瓶を傾けている。
「俺はとにかくやってみた。やってみたが・・・サクヤがのどをそらして息をもらした瞬間、ダメになった。俺がはじかれたように身体を離した時の、サクヤの目。裏切られたような、傷ついた目」
 もう1杯あおって、両手で目を隠した。
「それ以来、サクヤに関しては、俺は役立たずなんだ。他の女の子は平気だったりするんで、ますますサクヤを傷付けてしまう」
 キジローは瓶をエクルーの手から取り上げた。
「よくあるじゃないか。本気の女相手だと萎縮してしまうってのは。姫さんもそれぐらいのこと、知ってるだろう」
「あの人が、そういう俗な知識をどこから仕入れるっていうんだ」
「一応、医者だろう?」
「専門は外科なんだ。・・・とにかく、そういうわけで俺はダメだから、キジローは遠慮なく励んでくれ。お休み」
 エクルーは、瓶を2/3空けたとは思えないきっぱりした足取りでデッキを下りて、テトラのタラップを上がって行った。

「そんな話を聞いて、ほいほいと手を出せるもんか・・・。なあ?」
 無言でアイス・ペールのお替りを差し出しているリヒャルトに聞いてみた。リヒャルトは黙って、水の溜まったアイス・ペールをぶら下げてキッチンに戻って行った。