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 水盤の石を泉に返して、一団は太陽の元に出てきた。返すときは簡単で、水盤をひっくり返しただけだった。
「こんなんでいいの?」とグレンはいぶかしげだった。
「石は好きなところに下りていくから、いいんだよ」とメドゥーラが言った。
 エクルーはまだ、グロッキーだった。石に触ったジンもまだふらふらだった。
「どうやって帰るんだ。まさか、婆ちゃんが操縦するのか?」
「あら、私が運転するわよ」とサクヤが言った。グレンはびっくりした。
「姐さん、だって、あんた医者だろう?」
「ええと、医者だけど、ここに来る前は船にも乗ってたの。メドゥーラと同じよ。辺境探査船」
「ついでにいうと、俺は航海士で、サクヤは船長さんだ」とエクルーが弱々しい声で付け加えた。

 サクヤの操るヨットで放牧地に送ってもらいながら、グレンはいらいらしていた。なぜ、自分は何もできないんだ?
「なあ、婆ちゃん。婆ちゃんはどうして、俺が泉守りの修行したいって言ったら、反対したんだ?」
「反対してない。まだ時期じゃないって言っただけだ」
「また、それだ。いつになったら、その時が来るんだよ」グレンは声を荒げた。
「今がその時だ」
 グレンは虚をつかれた。
「人間は、必要だと思わないものは、いくら習っても身に付かない。時間のムダだ。今ならあんたは船を自分で操りたい、と思うだろう?その必要性がわかるだろう?泉守りの方は、あんたが覚醒するのを待っていたんだよ。イリスがいい起爆剤になったようだね」


 ハンガーにヨットを入れた後、ジンは肩を貸してエクルーをテトラの寝室に担ぎこんだ。
「本当にカプセルに入らなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちょっと冷えて、目が回ったぐらい。カプセルに入っちゃったら、サクヤに構ってもらえないじゃないか」
「何なの。その理由は」サクヤはあきれた。
「ジンは?もう大丈夫?ソーサー乗って帰れる?」
「うん、俺はもう平気だ。今日はイリスを連れて帰るから、あいつをかまってやってくれよ」
「何なの、みんなして。私が日頃、あの子を構ってないみたいじゃない」

「本当に船で寝たいの?私のベッドを貸してあげるわよ?」
「いいんだ。ここが俺の部屋だから」
「まだ、身体が冷たいわね。シートにヒーター入れてるんだけど。何か温かいもの飲む?」
「いい。まだ気分悪い。サクヤがここにいてくれたらいい」
 サクヤはシートの横に座って、エクルーの頬に手を当てた。
「昔から、俺、風邪を引くの好きだったんだ」
「なあに、何の話」
「病気になると、サクヤがずっと横にいて、いろいろ聞いてくれるだろ?でも、悲しいかな、頑健な羊飼いはめったに風邪もひかないんだよな」

 エクルーは目の上に組んだ両手を乗せて、ぽつっと言った。
「石の夢。すごかった」
「何を見たの?」
「言いたくない。言えない。すごい早回しで、100本の映画をいっぺんに見せられてた感じだった。過去も未来もない。希望も絶望もない。ただ、何重にも時間が、運命が周ってる。ぐるぐると。誰にも変えられない。俺たちには何もできない」
「そんなはずない」サクヤがエクルーの手を握った。
「私達はチェスのコマに過ぎないかもしれないけど、コマがひとつ動けば、局面が変わるのよ。まだ、何かできるはず。少なくともホタルはそう信じているから、私達をここに呼んだんでしょう?信じましょうよ。ホタルたちを」
「信じてる?」
「ええ。だって、この星に来た時、私達は2人きりだった。今は、見て、こんなに仲間が集まったじゃない。そして、もうひとり来るんでしょう?彼、何て名前って言ったっけ」
「キジロー・ナンブ。サクヤ好みの黒髪の渋いヤツ」
「あら、私は銀髪が好みなのよ」
「そういうのって、本気じゃないから言えるんだよなあ」
「注文が多いこと。じゃ、これならどう?」
 サクヤはシートにうつぶせに横になって、エクルーの毛布に潜り込んだ。
「眠るまで、お話してあげる。何の話がいい?」
「そりゃあ、もちろん。ムカシ、ムカシ、アルトコロニ・・・」