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 天幕を出て、一同は放牧地からさらに西に20キロほど飛んだ岩山に来た。ヨットになぞ乗せて、お婆さんがパニックでも起さないか、とジンは心配でずっと伺い見ていた。メドゥーラはジンを振り返って、ニヤッと笑った。
「ご心配、ありがたいがね、私は船には慣れてるんだ。こう見えて、プロキシマのステーションでしばらく暮らしたこともあるんでね」
「メドゥーラは有能なパイロットだったのよ。まあ、ここ自体が辺境に分類されてるけど、ずっと辺境探査乗組員として働いていたんですもんね」サクヤが口を添えた。
「そういっても、最近の新しい船はちっともわからんよ」
 グレンも、これは初耳だったらしく驚いて抗議した。
「俺がパイロットになりたいって言ったら反対したくせに」
「反対してないよ。今は時期じゃないって言っただけだ。まあ、お前もヨットくらい、そこのドクターに習って飛ばせるようになりなさい。私にだって動かせるんだから」
 これには、かなりのショックを受けた。しかもオッサンに習うのか?

 ヨットを降りて、岩山を見上げたジンは
「へえ、うちの裏の山と似てるなあ」と言った。
「あんたの裏の岩山だよ。北に30キロくらいのところだ。サクヤのとこからだと60キロ」とグレンが言った。
「あんまりGPSだとかにばっかり頼ってないで、地形を覚えろよ。嵐でも山の形は変わらないんだから」
「そうだよなあ。ああいう出っ張りに名前をつけて、覚えればいいよな」挑戦的な態度を取っても、ジンがあくまで素直に感心するので、グレンは拍子抜けしていた。
「名前なら、もう付いてる。覚えるコツがあるんだ。教えてやるから、今度、ヨットの乗り方教えてくれ」

 岩肌に亀裂が入って、人が入れるくらいの入り口になっていた。しばらく中に入って、初めて地下に下りる石段に気づく。
「すごいな。まるっきり自然の地形に見える。人が利用しているとは思えんよ」とジンが言った。
「外地の人間に知られたくなかったからね。あんたらは別だよ。こっちから協力を頼んでいるんだ」  手にランタンを下げて、メドゥーラが地下へと手招きする。石段の先に水音が聞こえる。青い光が漏れて見える。
 空なのか?
 石段の終点は、天井の高い祠になっていた。しかし、天井に空は見えない。青く光っていたのは、祠の中央の泉だった。泉からはかなりの量の水が流れ出て、奔流となって地下を流れていた。
「この水の流れが、私のドームにもあなたの家にもつながっているのよ。脊梁山脈沿いにずっと湧水があって、こういう泉を祀る祠が何箇所かにあるの」
 サクヤが説明している間に、エクルーは手早く服を脱いで泉の縁に立った。ムダが無さすぎて肉感のない、まだ少年じみた肢体だった。
「見えるかい?」
「だいたい。でも、はっきり場所がつかめない。眩しすぎる」
「水に入ったら、もっと眩しい。目に頼ったらダメだ。石の声を聴くんだ。石を持つ時間は短いほどいい。掴むまでは、石の声を聴け。掴んだら、声に惑わされたらいかん。石の声に耳をふさいで、まっすぐ上がってくるんだよ。ここで呼ぶから。上下の感覚にこだわるな。私らの声に向かってまっすぐ泳げ」
「うん。・・・あ、見えた!」
 ほとんど飛沫も上げずに、エクルーはつるっと泉に飛び込んだ。
 メドゥーラは全員の配置を決めた。
 自分の横にイリスとグレンを座らせた。
「イリス、ホタルに歌わせなさい。水中で道に迷ったとき、道しるべになる。グレン、石が見えるかい。場所をイリスに伝えるんだ。そしたら、イリスがエクルーを呼べる。ドクター、あんたはここだ」
「俺は何をしたらいいんだ?」
「すぐわかる」
 青い光がだんだん近づいて来て、ホタルたちは狂乱状態になった。イリスとグレンは交互に呼びかけた。
「コッチヨ」「こっちだ」「坊や、石に惑わされるな、こっちが上だぞ」
 水面にエクルーの顔が現れた。両手で皮袋を抱えている。袋の口から、まばゆいばかりの青い光が漏れ出ていた。
「これだ。この水盤に入れて」
 皮袋の中身を水盤に空けたあと、エクルーは力尽きたようにまた沈み始めた。
「ほれ、ドクター、坊やを上げとくれ」
 ジンとグレンの二人がかりで、ぐったりしたエクルーを泉から引きずりだした。身体が冷え切って、くちびるが紫色だった。サクヤが布と毛布でエクルーを包んだ。
「坊やは医者に任せて、あんたらは石をご覧。あの子たちは、もう何度も見てる。あんたらのために、泉から出してもらったんだ」
 水盤の水を通しても直視するのがつらいぐらい、石は光輝いていた。水面をかすめるように、ホタルがぐるぐる飛んでは、リリリと高い音で歌っていた。
「お嬢ちゃん、ちょっとホタルどもを静かにさせておくれ、集中できないから」
 イリスがひとことしかると、ホタルはちょっと高いところに漂って大人しく石をみつめていた。
 メドゥーラは一同を見渡して、「この中で一番・・・あんただな、ドクター。ちょっと水盤の横に座っておくれ」
 自分が一番何だったのだろう、といぶかしみながら、ジンは大人しく座った。
「左手を上に向けて」その手にメドゥーラはコインを1枚置いた。
「いいかい。今から右手を水盤に入れてもらう。決して石に触っちゃだめだよ。石から少し離れた辺りに手をかざすんだ。そして、念じてご覧。コインよ浮かべって」
 指先が水に浸かっただけでも、びりびりと石の力を感じた。右手全体を水に漬けると、目の前に色んなビジョンが錯綜して幻惑された。
「惑わされちゃダメだ。目を閉じて。コインのことだけ考えろ。左手のコイン。左手のコイン。さあ、どうだ、目を開いて」
 コインが手のひらから3センチほど離れたところに浮かんでいた。その瞬間、コインが祠の天井まで、すっと飛んで、それからカンコンと音を立てて、暴れ始めた。
「十分だ。グレン、ドクターの右手を出して」
 手が水から離れた途端、コインが上から落ちてきて石の上でチャリリーンと音を立てた。

 ジンはしばらくめまいが止まらなかった。
「今のは何だったんだ?」
「石の力だよ。どうだい。しばらくでも、能力者になった気持は。もし自在に力を操れるとしたら?透視も読心も思いのまま。石が欲しくならないかい?宇宙空間を船から船に飛んだり、他の船を破壊したり。そんな力を生身の人間が持てるとしたら、どうするね?」
「コインを飛ばすだけで、これだけ消耗するんだ。俺は、実用的だと思わない」
「自分で使うんじゃない。自分の軍隊の兵士に使うんだ。どれほど無敵な戦隊を作れると思う?」
「まさか・・・・そんなことが?」
「泉の祠は108ある。石も108あった。でも50年ばかり前にひとつ無くなった。私はずいぶん、探し歩いた」
「婆ちゃん、それで船乗りやったのか。でも何で婆ちゃんが?」
「石を持ち出したのが、私の連れ合いだったからだよ。グレン、あんたの爺さんのムーアだ」
「それで、石は見つかったのか?」
「誰が持っているかはわかった。ムーアは星団の研究室に売ったんだよ。子供の薬代欲しさに。でも、代わりにたくさんの子供が死んだ。石を埋め込まれて、実験に使われたんだ」

 イリスが叫び声を上げた。
「ホタル、ホタルが泣いてる。子供のためにナイテル」
 イリスのイメージに引き込まれて、グレンにも見えた。薬や手術で意思を奪われた子供。無表情に人の頭を砕く子供。宇宙を飛んで、船にねらいを定めている。やめろ!あの船には人がたくさん・・・戦艦じゃない、民間船だ!
 親子連れや老人や・・・2000人クラスの大型シャトル。声明の期限が来た。
 命令がひとこと。「やれ」
 船は熟れた桃をつぶすように、簡単に爆発した。