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 やっとサクヤから外出許可が出た。それでもある限りの防寒着でイリスはぐるぐる巻きにされた。メドゥーラのくれたラパンの毛皮の外套と帽子、ルパの毛糸を編んだストールに革のブーツ。
「俺も行っていいかな」グレンが言った。
「本当はフェンも行きたがったんだけど、あいつ織物の仕事が溜まってて、後で俺が連れていくって約束したんだ」
「いいよ。ヨットに全員乗れる」

 それは、何の目印もない、木陰もない、ただ石が転がっているだけの荒地だった。墓地のはずれにヨットを置いて、みなで小さな墓碑を探した。
「ロンが白い四角い石を置いた、と言ってた。水汲み場の敷石をくれたらしい」
 他の墓碑はゴツゴツした赤い石や紫の石ばかりなので、目立つはずなのになかなか見当たらない。
 イリスはしばらくぼうっと立っていたが、やがてまっすぐに墓地の一隅に向かって歩き始めた。そこだけが明るい緑色で苔むしているように見える。側で見てみると、白い敷石が短い草丈の緑の植物に埋まっていた。イリスはひざまずいて、草をなでた。涙がぽろぽろこぼれた。
「シレネー。ゴメンネ。ハヤク、来たかった。オソカッタ。モウ、一緒ジャナイ。ゴメンナサイ」
 ジンは隣りに膝をついて聞いた。
「この植物がイリスの妹なのかい?」
「そう。シレネー。死んでスグ、一緒にナレル。お母さん、私のナカにいる。でもシレネー、もうオソイ。もう動けない」
「この草は花は咲かないのか?」
「花。白い花。いいニオイ」
「じゃあ、この草を大事にしよう。この草がずっと育っていけるように、この星を大事にしよう。ここにくれば、イリスはいつでもシレネーに会える」
「ウン。シレネーの声、キコエル。ハナシできる」
 サクヤは聞いた。
「シレネーは何て?」
「みんなコウフクにくらしましたとさ。めでたし、めでたし」


 墓参りをすませて、ヨットで北の放牧地に向かった。黄色がかった短い草の生える荒野といってもいいような草地に転々とルパとカヤ山羊が草を食んでいた。井戸を囲むように、天幕が7つ張ってある。
「こっち。これが婆ちゃんの天幕だ」グレンが手招きした。

 イドリアンはあまり年齢が外見に表れないが、腰まで届く長い銀髪と耳の表面がぽそぽそしている点だけが老齢を示していた。何よりも深く響く声にジンは圧倒された。これまで、サクヤの直感やエクルーのサイキックを間近に見ても、特技のひとつだ、くらいに受け入れていたのだが、何もかも見通されている圧力を感じて言葉を失ってしまった。

 メドゥーラは、エクルーにシレネーの写真を見せてもらった。
「うん、この花は大丈夫。繁って、小さな森を作るくらいになるよ。しかもこの墓だけじゃない。あちこちに拡がるだろう。ここの生き物とも仲良くやっていく。それでな、ここが肝心だが、あんたの妹は今は地面に下りたばっかりで驚いてる。でもあと100年ばっかりすれば、また誰かと共生できるようになる。多分・・・あんたの孫か、その子供くらいかね。だから、あんたの妹はひとりにならない。この星で寂しくないよ」
 イリスは何度もうなずきながら、ぽろぽろ涙をこぼした。
「ちょっと、ここに座っておくれ、お嬢さん」メドゥーラはイリスの手を取った。
「あんたはね、空を漂ってたまたまこの星に下りた。でも、それは巡り合わせというものだ。この星で果たすべき役割があるから、ここに来たんだ。役割があるってことはね、あんたを必要としている人間がいるってことだ。あんたを大事だ、と思う人間がいるってことだ。だから、あんたも、あんたの妹も、ここで幸せになれるんだよ」
 お婆さんの話を聞きながら、イリスは違う言葉で同じ意味の話を聞いた、と思った。絶望に取り付かれている時、「お前はここで、幸せになれる」と呪文のように繰り返してくれた人がいた。

 イリスは、メドゥーラの手を放すとすっと立ち上がって、ジンのところに来た。ジンの手をきゅっとにぎって、メドゥーラを振り返った。
「うん、みんなでコウフクになる。みんなで生き延びようぜ」