3.緑の約束   Y.HAPPY EVER AFTER

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 翌朝早く、グレンはルパを連れて集落に帰った。厄災について一族で相談するために。イリスは泣き疲れて、眠ってしまった。嵐が完全にやんだので、ジンはまた家に戻ることにした。イリスはまだ腫れぼったい目で起きてきて、ハンガーまで見送った。
「ギプスが取れるまでに、イリスがうちでも日光浴できるように温室を作っておくから。ここみたいに立派なのはムリだが。実は昨日もその設計図引いてて、来るのが遅れたんだ」
「ウレシイ。アリガト」
「たっぷりお日さん浴びて、早く散歩できるようになっててくれ」
「キヲツケテ。イッテラッシャイ」
 背後で見ていたエクルーは、
「まるで妊婦とダンナの会話だね」とコメントした。執事見習いのゲオルグは
「それはイチャイチャということですか?」
「うーん、まだ”ぞっこん”ってとこかな?」
「難しいものですねえ」


 毎日、数時間でも時間を作ってジンはサクヤのドームに来た。イリスに連邦言語を教えて、自分はイリスの言葉を覚えるために。
「長い外出ができるようになったら、グレンのお婆さんに会いに行こう。そのクツと毛皮の御礼、言いたいだろう?」
「うん。グレンの妹も会いたい。私、同じ年だって」
「妹にイドラの言葉を習うといいよ。俺も一緒に覚えよう」
「でも、まず、私の妹に会いたい」
「・・・そうか。ロンにお墓の場所、聞いておくよ。遠いから、もうちょっと元気になってからな」

 数日後、グレンが妹のフェンを連れてやって来た。
「イリスに会いたいって聞かなくてさ」
 女の子二人であっという間におしゃべりの嵐になった。その会話をジンは傍らで熱心に聞いていた。
「明らかに別々の言葉を話してるのに、どうして通じてるんだ?」
「さあ? 俺に聞かれても」
「覚えたいんだけど、録音したら怒られるかな?」
「やめたほうがいいと思う。女の会話に男が混じったら、ロクな目に遭わないぞ。なまじ会話がわかっても・・・ヘコムだけだ」
「とりあえず、イリスは今すぐでもグレンのお婆さんと話せるらしいな」
「オッサン、あんたも話せるぜ」
「そうなのか?」
「婆さんは連邦標準語話せるからな。近いうちに、あんたを連れて来て欲しい、と言われた。星の今後のことを相談したいそうだ」
「俺に?」
「あんたとサクヤとエクルーに、だな」
 グレンは、つぶやくように付け加えた。
「大厄災の話をしても、婆さんは驚かなかった。あの二人と前々から相談していたらしい。知らぬは俺ばかりだったわけだ」
 ジンはグレンの肩をぽん、と叩いた。
「知ったからには、あんたも一味だぜ。俺は機械には強いが、この星のことは全然知らない。あんたみたいに一人で夜の砂漠なんか渡れない。あてにしてるぜ」
「わかった」グレンは少し笑った。「でも、もう砂漠に埋まらないでくれよ、オッサン」

 グレンとフェンが帰った後、エクルーがそっと聞いた。
「ジン、グレンにオッサンと言われるの、堪えてないか」
「うん、実はけっこうキテる」
「おまえ、いくつになるんだっけ」
「今度、36だ」
「そうか。じゃあ、紛れも無いオジさんなんだから、覚悟決めれば?」
「いや、もちろん、自分が中年なのは自覚してるが、グレンに言われると牽制されているようでなあ・・」
「牽制?何に対して?」
 いつものエクルーの誘導尋問にひっかかっていた自分に気づいた。
「何でもない。忘れてくれ」
 エクルーはにやにやしている。
「まったく、お前とサクヤはズルイよな。いつも、自分達は余裕で見物してて、俺はジタバタするばっかりだ」
「いやあ、俺もけっこうジタバタしてるんだけど、こう見えて」
「そうなのか?」
「その時は慰めてくれ」


「イリス、だいぶ、言葉を覚えたなあ」とエクルーが言うとイリスが得意そうに暗誦を始めた。
「ムカシ、ムカシ、あるトコロに、オジイサンとオヒメサマがいました。オヒメサマが池でマリつきをしているとかわいいカエルがアラワレました。カエルとオヒメサマはオトモダチニなって、みんなコウフクニくらしましたとさ、めでたし、めでたし」
 エクルーはジンにひそひそと聞いた。
「あんた、いったい何の話をしたんだ?」
「いろいろ、世界の名作全集を順番に読んだんだが、ごっちゃになったようだな」
「微妙に整合性のある所が面白い」
「オモシロイ?」
「面白い、面白い。ホタルにも聞かせてやれよ。喜ぶぜ」ふたりは拍手した。