そこへ、水槽のブースからイリスが出てきた。イリスはまっすぐグレンの側まで来ると、じーっと見て、いきなり早口で何かしゃべり始めた。
「何だって?ホタルがどうしたって?」
 イリスはグレンの手をつかむと、ぐいぐい水槽の方に連れて行った。
「飛ぶって何が?光るって?おい、ちょっと待てよ・・・」
 ジンは後ろに続きながら、グレンに聞いた。
「イリスの言葉がわかるのか?」
「わかるっていうか・・・おい、行くから引っ張るなよ」
 グレンはグレンで、青白く光る空飛ぶ巨大オタマジャクシにド肝を抜かれていたし、ジンはイリスが急に自分の言葉を話し出したのに驚いていた。
「こいつが大きくなるって?山ぐらい?そんなにでかくなっても空を飛ぶのか?今度は人を飛ばすって?月まで?」
 ジンはため息をついた。
「どうやらこの2人は、話が通じているらしい」
「ジン」エクルーが肩を叩いた。
「何だ?」
「妬くなよ?」
「何?俺が?」
 ジンが真っ赤になって、何やらブツブツ言っているのを残して、エクルーは台所に戻った。


 その晩は、グレンも交えて温室で宴会になった。地面に大きなシートをひろげて、エクルーが腕をふるった料理をせっせと運んで来た。ジンはまた、いろんな食材に挑戦することになって、そのどれもが旨いということを発見した。

「誰?ホタルに甘酒を飲ませたの」
 ホタルは酔っ払って、くるくる回りながら飛んで、あちこちの樹にぶつかったり、水盤に落っこちたりした。
「知らないぜ。こいつらが集団でトンだら・・・ホラ、始まっちゃった・・・」
 温室の天井が抜けるような蒼穹が見えた。白い雲がぽかり、ぽかりと浮かんでいる。その空の青を映しているのは、青い湖面。湖を深い森が縁取っている。
「何だ、これは。何が見えているんだ?」ジンが聞いた。
「ホタルの故郷・・・ペトリの風景だよ」とエクルーが言った。
 ホタルたちは、リリともルルともつかない声で歌い始めた。青い湖面の下、水底から何かが浮かび上がってくる。何か青白いもの。
 いくつも、いくつも、白くて長いものがゆっくり浮上してきて、水面から顔を出した。細い鼻先、つののようにも耳にもみえる2本の触角。そして長い長い首がするすると水面から上がって、7本の白く長い姿が湖面に林立した。
 グレンがかすれた声でつぶやいた。
「まいったな。ヤツラの親って、ミズチのことだったのか」

「さっきのイリスの話、聞いてて何かひっかかっていたんだ。この姿、祠の彫刻とそっくりだ。本当だったんだ。太古からイドラに干ばつが来て、イドリアンが滅びそうになると、ミズチが空を越えて救ってくれる。そして、未来の大厄災にも、星を砕いて、自分たちの身体も砕いて、イドラを救う約束をしたって・・・」
 イリスが叫び声を上げた。
「しまった」
 エクルーがするどい口笛を一吹きして、ホタルたちの夢を覚ました。湖と森の景色が消えて、温室の姿に戻った。その床で、イリスが両腕で自分の肩を抱いてガタガタ震えていた。ジンが肩に手をおいて、イリスの顔をのぞき込んだ。
「イリス、どうした。大丈夫か?」
 グレンも言った。
「こんなの、ただの伝説だよ。ミズチが本当にいたとしても、ペトリみたいに大きな星が壊れるわけないじゃないか。本当に壊れるって?イドラに欠片が降って、大火事が起こる?ジンもエクルもサクヤも知っているって?」

 グレンはエクルーを振り返った。
「本当か?」
 サクヤにも向き直って問い詰めた。
「本当にペトリは崩壊するのか?」
 2人は黙って、答えなかった。
 背後でイリスを支えながら、ジンが叫んだ。
「ペトリが壊れても、ホタルを助ける方法はある!イドラが厄災を免れる方法だってある!」
 グレンはジンを振り返った。
「一緒に生き延びるんだ」