ドームが岩山の影に隠れて暗くなる頃、イリスが落ち着かなくなった。何か一生懸命、訴えている。
「ドクター、落ちる。寝ている」何か地面に潜るようなゼスチャーを繰り返している。
「ジンのソーサーが落ちたってこと?埋まってるって、ジンが?」
「落ちた。寒い。眠い。埋まった。見えない」
「つまり遭難してるってこと?どの辺りか聞けない?」
「うちとあっちのドームの間だろう。30キロあるからなあ」
 しばらくコンソールをいじっていたが、サクヤはためいきをついた。
「全然ダメ。ソナーにひっかからないし。ということは、埋まって船外に出たってことよ。ソーサーのGPS信号は死んでるし」
「うちの赤外線フィールドにひっかかってくれれば、場所がわかるんだけど」
 イリスがエクルーの袖を引っ張った。
「友達。一緒。見つけた。来る。もうすぐ」
「友達?誰だろう?」
 セバスチャンが構内放送のようなチャイムを鳴らして、アナウンスした。
「グレンが10キロ北西の赤外線フィールドを横切りました。どなたかと一緒です。家畜も12匹」
「誰と一緒だって?」
「さあ、どなたでしょう。カメラは10秒しか作動しませんから。細身でグレンより長身の方です」
「セバスチャン、座標入れて。俺、ちょっと迎えに行ってくるよ。10キロしょってくるの大変だろう」
「ヤーヤー。ライトハウス上げます。誘導灯10キロ先までつけておきます」
「ダンケ。行って来ます」

 岩陰の風の当たらないところで、原住民の青年が火を焚いていた。エクルーがヨットを降下させると、火のついた薪を一本振って合図した。
「グレン、助かった!よく見つけたなあ」
「灯りがついたから、すぐ来るだろうと思ってわかりやすいところで待ってたんだ。この男ならルパが見つけたんだよ。あんたらの連れてきた外地のヤツだろう?婆ちゃんが行きがけに拾って行け、って言ったんで気をつけていたんだ」
   二人がかりでジンをヨットにかつぎ上げた。
「俺はルパを連れてゆっくり行くから、このオッサンを先に連れて帰れよ。あと、これ、婆ちゃんからおみやげ」
 大きな包みを3つ、ヨットに積んだ。
「何か、病人がいるんだろう?薬と精のつく食べ物と、あったかい服だの靴だの、らしい。子供のルパが5匹いるから、時間かかるかもしらんが、心配しないでくれ。脊梁山地沿いだから迷うはずないよ」
「ごめん。じゃ、先に行ってるよ。恩にきる」
「着いたら、何か温かいもの飲ましてくれ」
「準備しとく。じゃな」
「ああ、それと。あんたらが着いたら、このライトは消してくれ。目がくらんで、足元が見えないんだ」
「了解」

 ヨットのトップ・ライトを「見つけた」の印の緑に変えた。すぐ、ドームから緑のサーチ・ライトが返って来た。ジンはぐったりしているものの、普通に呼吸しているし体温も奪われていなかった。大丈夫だろう。
 ドームに着いた途端、ジンは女二人にもみくちゃにされた。結局、家でラボの何やかやに気を取られて、出発したのが日暮れ過ぎ、磁気嵐が始まって、高度を見誤って砂丘の斜面に突っ込んで船外に投げ出され、気を失ったらしい。イリスは首にかじりついてわんわん泣くし、サクヤにお説教されるし、頭にアイス・パックを乗せたジンは、ここは地獄か天国か、という顔をしていた。

 ジンは女たちに任せて、エクルーは台所に入った。
 グレンの祖母、メドゥーラはほとんど千里眼のように目の利く人で、この星に来たときから、いろいろエクルーたちの面倒を焼いてくれるのだ。嵐が始まって以来、一度も訪ねていないのに、病気の異星人と隣人の遭難のフォローをしてくれたわけである。
 メドゥーラの持たせてくれた包みから、瓜や木の実、マコ米、キク芋、つぼに入った飲み物、干した薬草など、いろいろ出てきた。とりあえず、芋の皮をくるくる剥いてスープを作り始めた。マコ米は炊いたあと、野菜と松の実を入れてサラダ仕立てにしよう。あと、卵とキノコがあったからキッシュでも作るかな。

 鍋3つの面倒をみているうちに、グレンが到着したらしい。一旦、全部の火を止めて、厩舎の手伝いに行く。
「セバスチャン、ペリの生垣の周りにフェンス出してくれ」
 カロンカロンとルパの首の鈴が鳴って、思いがけず近くからグレンの声がした。
「やあ、サクヤ。お隣さんは生返った?ペリの実をもらいに来たんだけど」
「あなたのおかげで助かったわ。でも、こんなに嵐なのにムリしないで」
「俺たちはもともと、電磁波だの音波だのに頼ってないからね。それにバーちゃんが行けって。迷子と病人がいるからって」
 エクルーと二人がかりで地下に収納されたユニットを引き出して、手早く小屋囲いを組み立てた。サクヤがフェンスにルパを誘導した。
「あら、赤ちゃんが5匹も。イリスが喜ぶわね」
「イリスって誰?」
「メドゥーラが心配してくれた病人だよ」
「とにかく、入って。ここは冷えるわ。ルパも食べ飽きれば、自分で小屋囲いに入るでしょう」
 風除室に積んでおいた干草を小屋囲いに広げると、中からばらばらジリスが逃げる。
「ちょっと増えすぎじゃないか?リンクス(山猫)でも温室に飼う?」
「イリスは喜ぶだろうけど、ホタルは嫌がるでしょうねえ」
「ホタルって誰?」
「うちの新顔」
「しばらくご無沙汰しているうちに新顔が増えたようだな」
 チューブから温室に入ると、ジンは頭を冷やしてカウチに伸びていた。イリスは一応、落ち着いてホタルの水盤の方にいっていた。
「ジン、彼があんたを砂から掘り出してくれたんだぜ。グレン・ヤチダだ」
 ジンはアイス・パックを持ったまま、起き上がって握手をした。
「世話になった。あんたに見つけてもらわなかったら、と思うとゾッとするよ。俺はジン・ムトーだ」
 握手したまま、ジンはグレンの手をじいっと見ていた。グレンはにやっと笑った。
「あんた、原住民を間近に見たことないんだろ。いいぜ、好きなだけ観察しろよ」
「いいのか?」
 と言って、ジンはグレンのしっぽを手に取ってこねくりまわしたり、長く垂れた耳をそっとなでたり、横から後ろから、眺め始めた。それから正面に周って、グレンの瞳をじっと見つめた。
「君らの仲間はみんな瞳が、君みたいな紫色なのか?」
「いや、妹は黄色いし、母は緑だし、いろいろだ」
「ふうん・・・イドリアンっていうのは、ずいぶんきれいな種族なんだなあ」
 ジンがあんまり素直に感嘆するので、グレンは面食らった。エクルーは吹き出した。
「グレン、勘弁してやって。こいつ、いつもこうなんだ。何か興味もつと、こう」
 両手を目の横に立てて、視野狭窄のゼスチャーをした。
「当分観察されると思うけど、あきらめてくれ」
 そう言ってる間にも、ジンはしゃがんでグレンの脚をじっと見ていた。二人の視線に気づいて、慌てて立ち上がった。
「すまん、すまん。俺の悪いクセなんだ。気を悪くしないでくれ」
 グレンはげらげら笑いながら、やっと言った。
「おっさん、あんた、気に入ったよ」