昼近くまで寝こけているので、エクルーは二人を起すことにした。
「ジン、磁場嵐が弱って来たんだ。いっぺん自分ちに帰るなら、今がチャンスだぞ。夜、もう一回弱いのが来るらしい」
「ああ、スマン。しっかり寝ちまって。ちょっと帰って着替え持ってくるよ。お前の借りたまんまだもんな」
「別にそれはいいけど」
 ジンが憮然と言った。
「サイズが合わないんだよ。いろいろと」
「サクヤが、こっちで洗濯するから汚れ物持って来いってさ」
「そんな、悪いよ。ちゃんと洗って返すって」
「ジンの”ちゃんと”が怖いんだってさ」
 さらに憮然とした。
「わかった、わかった。本当、俺、生活力低いよなあ」
 ハンガーまで送りながら、エクルーが言った。
「まあ、これから覚えりゃいいじゃん」
「これから?」
「居候を抱えるかもしれないんだし」

「戻ってくるつもりなら、日没までに来いよ。それを過ぎたら、今日はあきらめろ」
「わかった、わかった。ここの嵐の怖さは身にしみているよ」
「ジンのわかった、わかったはもっと怖い。何か気になるものを見つけたら、時間なんか吹っ飛ぶだろう?とにかく、イリスが目を覚ましたら不安がるだろうから、早く来い」
「わかった」今度は一回で答えて、自分のドームに帰っていった。

 日没を過ぎても、ジンはサクヤのドームに帰って来なかった。イリスはホタルに通訳してもらって、一応の事情を理解したものの、落ち着かずに立ったり座ったりしていた。午後にしばらくつながっていたネット通信も切れて、またこの星は外界から隔絶されてしまった。
「戻ってみたら、用事が山積みってとこかしら。今日はもう来ないのかもねえ」
「こっちはイリスを人質に取ってるから、来ると思ったんだけどな」
 イリスの気分を紛らすために、午後はずっと会話教室をやっていた。
「とりあえず、連邦標準語かな。それとイドリアンの言葉と」
「本当はジンが教えるのが一番いいんだけど」
「どして?」
「あなただと通じちゃうから、有り難味がないというか真剣みがない、というか」
「そんなこと言ってもしょうがないじゃん。ヤツが来たら、ヒギンズ教授やってもらおうよ」
 とりあえずスケッチブックと絵本とそこらにあるものを教材に、簡単な単語を増やしていった。2人ともイリスの覚えが早いのに驚いた。バスト人というのはかなり知能程度の高い人種らしい。しかし、どうも社会生活が素朴らしかった。縫い上げたワンピースを渡して、着替えて、というとエクルーの目の前で脱ぎ始めた。なぜ、男性の前で着替えてはいけないか、を30程度の単語で説明するのは難しい。髪と服装を整えると、イリスはかなり美しい女性だとわかった。その美貌と粗野な言動がミス・マッチでそれがまた魅力的だ。
「野生の山猫みたいね」
「こりゃ、ジンでなくたっていちころだね」