3.緑の約束   X.予言の成就

 結局、その晩は温室の中のトレイルに点在するカウチや芝生で眠ることになった。エクルーが、病室から毛布や枕を一抱え運んで来た。
「ここが一番温かいかな?」
 サクヤが毛布を折ってマット代わりにしている間、ジンは眠っているイリスを抱き上げて待っていた。
「どうして俺たちまで温室で寝るんだ?」
「楽しいじゃない」
「そうか?」
「それにイリスが目を覚ました時、このだだっ広いところに一人だったら寂しいと思わない? 初めての夜なのに」
 今度はちょっとジンも同意した。しかし正直言うと、バリア・フィールドが張ってあるとはいえ、動物が出入りできるような、しかも床が土でやたらに植物がわさわさ繁っている場所で寝るのは、気が進まなかった。
「キャンプみたいだろ?コロニーのスペシャル・スクールだってキャンプくらいやっただろ。好きじゃなかった?」
「実は苦手だった。ラボに入って、そういうわずらわしい子供行事から解放されて喜んでいたんだが・・・この数日、ちょっと反省したよ。自分の脆弱さを実感した。俺はこの水盤から水を飲む勇気がないし、この地面に寝転ぶ勇気もない。壁ひとつ外が宇宙空間だろうと、壁とマットとライトがあれば、安心して眠るくせにな」
「じゃ、地面に大の字、やってみる?どうせカウチじゃ狭いだろ?」
 エクルーはさっさと地面にシートを敷いて、毛布とクッションで寝床を作った。
「生活力でイリスに負けないための、トレーニングその1ってところだね。お休み。」

 シートに座ってまだ横になる決心がつかないうちに、温室の照明が落ちた。一瞬、何も見えなかったが、すぐふよふよ漂っているホタルが見えた。エクルーを真似て、ヘタクソな口笛をそっと鳴らすと2,3匹寄って来た。
 これで、いい。ちょうど良いベッド・スタンドだ。
 寝転がってみると、空が明るい。嵐で乱反射されて、空全体が白く光って見える。目が慣れてくると、自分の指や服の細部まで見えるようになってきた。落ち着いて耳をすますと、様々な物音が聞き分けられるようになってきた。水の音。地面をジリスが掘る音。くくっというその鳴き声。生き物に囲まれている。空の下、風の音を聞きながら眠る。それは今までジンの知らなかった安心感だった。いつの間にか、この3日の寝不足を取り戻すように、ぐっすり眠っていた。

 翌朝も相変わらず砂嵐だったが、少し空が明るかった。ジンは久しぶりに寝足りて、昨日までのいろんな体験がすっきり頭に整理された気分だった。思い切り両手足を地面で伸ばして、深呼吸してみた。生まれ変わったようだ。もう一度、腕を伸ばそうとしてギクリとした。自分に寄り添うように、イリスが丸くなって寝ているのだ。
 うろたえている所に、樹の陰からひょこっとサクヤが顔を出した。くちびるに指をあてて、ひそめた声で言った。
(おはよう。よく眠れた?しばらく、そうしてて。明け方、冷えて目が覚めたみたいなの。今、エクルーが朝ごはん作ってくれてるから、できるまで寝させておいて)
 最初は、気分的にジタバタしていたジンだが、イリスの安心しきった寝顔につられて、結局二度寝してしまった。

「大した適応力だね」
「この人選は正解だったわね。コロニー育ちのもやしっ子で大丈夫かしら、と思ったけど。ヘンな先入観がないのが、幸いしたわ。まともな農学博士なら、おたまじゃくしと協力してテラ・フォーミングなんて嫌がるでしょうから」
 エクルーとサクヤは、幸せそうに寝ている二人をそのままにして、あずまやでお茶を始めた。
「イリスの貢献、大だね」
「やっぱり、そう思う?」
「モチベーションがちがうじゃん。居心地のいいすみかを作って、メスを巣に誘うってのはオスの本能だもんね」
「それ、ジンに言っちゃダメよ」
 エクルーはベーグルサンドをもぐもぐしながら聞いた。
「どして?」
「あれでロマンチックな男の子なんだから。せっかく微笑ましいカップルなんだから、茶々を入れずに見守りましょうよ」
「温かく観察、ってとこだね」
 エクルーは焼きたてのスコーンを2つに割ると、クロッテッド・クリームを塗ってかぱっと口に放り込んだ。
「俺たちだって、セバスチャンに観察されてるしな」
「こんな特異な例、あまり人間研究の参考にならないでしょうにねえ」
 エクルーはもう半分も口に放り込んだ。
「いんだよ。あいつの趣味なんだから」