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 また、エア・クリーナーを通り抜けてリビングに戻りながら、ジンはふいに聞いた。
「あんた、結局寝てないだろう。」
 サクヤは肩をすくめた。
「食事も俺に付き合っているフリして、ほとんど喰ってないな?」
「バレたか。まだ修行が足りないわねえ」
「誤魔化すな」
 ジンはサクヤをまっすぐみすえた。
「いつからなんだ?」
 サクヤは首をかしげて、ちょっと考えるようなしぐさをした。
「この星に来てから、もうほとんど眠ってないし、食べてないかな」
「3年ずっとか?」
「でも、あなたと大学で会った時、もう徴候が出ていたの。それがメディカル・コースを選んだ理由。自分の身体に何が起きているか知りたかったし、第一、こんな体質じゃ何かあっても病院に行けないでしょう。自分たちで何とかしないと。辺境探査のVxを取るつもりだったし、そうしたらどっちにしろ医学の資格が要ったしね」
 二人は病室に戻って来ていた。モニター画面を確認して、子供の寝息をみつめる。
「できるだけ、人の目が少ないところにいこうと思ったのよ。自分がどう変わるかわからなかったから」
「変わるったって、別に吸血鬼になるわけでもないだろう」
「けっこう近いかも」
「冗談だろう」
 サクヤは何とも答えなかった。ただ、招くしぐさをして病室の外へ導いた。ジンは覚悟を決めて、訊ねることにした。
「あんたやエクルの来た星の住民は、寿命がどのくらいあるんだ?」
「私とエクルでは種族が違うんだけど、エクルたちは30年くらい、私達は70年、でも中には200年以上生きる人もいた。星読みの血統の人。私もその血統なの」
「何だ、星読みって」
「まあ、占いを少しややこしくして、天文と気象学を合わせたようなものかな。未来を読むのが仕事」
「読めるのか?」
「不鮮明だけどね」
「あんたもか?」
「まあ、時々」
 どうコメントしようかジンが悩んでいるうちに、二人はリビングを抜けて風除室に出た。
「このチューブは半分外になっているの。ハンガーからも直接ここにこれるし、まあ、室内との緩衝ゾーンね。こっちの温室が、うちの表玄関。ここは完全に外に解放してあるの」
 天井が高い。嵐で日は射さないが、昼光色の灯りに照らされてまぶしいくらいだ。天井に届く勢いで樹木が茂って、まるで原生林のようだ。
「今回の件は、もともと依頼人は別にいるの。私はエージェントのようなものなの。そしたら、私達の身内が関わっていたので、利害が一致したわけ」
 ドームの1/3を占める大温室に二人は分け入った。石を敷いたトレイルは作ってあるが、それ以外は大木や茂みに覆われて、迷いそうだ。あちこちに水の流れや水盤が設えてある。サクヤは大きな水盤のひとつを指した。
「その、もともとの依頼人がこちら」
 水の中には、グレープフレーツ大のゼラチン質の卵が30ばかり漂っていた。透明な球の中に、青緑のいびつな形の物体が包まれていた。
「カエル・・・の卵?にしちゃ、デカイな」
「イモリの方が近いかな?この星にもサルマンがいるでしょう?まあ、それの大きいの」
「ふーん、で、この卵が依頼人?」
「卵の親がね」
「ペトリが壊れた後生きていけるように、ここに移住させろってか。じゃあ、これはペトリの生き物なんだな?どうやって運んできたんだ?第一、ここだって影響を受けて大災害百連発が来るんだろう?」
「そうそう、そのアルマゲドンを生き延びる方法を探すために、この卵を、まあ、先発隊として送り出してくれたわけ」
 ジンはいい加減、驚くのに疲れて来た。大イモリが俺の依頼人?依頼内容はオタマジャクシを救うこと?
「こいつらが先発隊?何か役にたつのか?」
「すごいわよ。もう今にも孵りそう。楽しみにしておいて」