3.緑の約束     U.嵐の夜に

 着替えて食堂に戻ると、サクヤが食事を並べていた。その姿を見ながら、改めてジンは不思議に思った。
 妙齢の女性と嵐に閉じ込められて二人きりだという緊張感がまるっきりない。華やかな美人ではないが、切れ長の目をした端正な女性だ。出会ったとき、自分がガキだったからだろうか?大学ではサクヤもエクルも二人ともごく目立たない学生だった。飛びぬけた成績を取るでもなく、そこそこ凡庸な論文を書き、専門外のいろいろな研究室に出入りしていた。若い研究者や院生によく顔を知られていたが、さりげなくゼミの中に溶け込んでいる。だが、どういう履歴の人間なんだか誰も知らない、そういう二人だった。

「どうぞ、座って?ちょうど良かった、今日の昼、イドリアンの子が食糧を届けてくれたのよ。食品庫が空っぽだったから。エクルがいない時は、私、あんまり食べないものだから」
「そういえば、あいつに小言を言われてたな」
「でも実際、必要ないのよ。若い頃みたいに代謝しないんだから」
 あらためて、サクヤは何歳なんだろうという疑問が頭をもたげる。20にも見えれば、40にも見える。でもふっと300歳ぐらいに見えることもあった。
「どうぞ。採れたてのものばかりよ。サバ芋に夏瓜に青豆。あとアビの首肉」
「つまり、何だ?」
「つまり、植物の根と実と種。それから鳥の肉」
 見たことの無い食べ物ばかりだった。
「ジンはどうせ、Cレーションのような合成食ばかり食べてるんでしょう。自分の住んでる土地の食べ物を摂らないと、エネルギーがもらえないのよ」
「医者と思えん非科学的なセリフだな」
 と言いながら、黄色っぽいものを齧ってみる。
「へえ、うまいもんだ」
 しゃくしゃくした歯ごたえと甘みがあって、意外にうまかった。次は茶色い煮物に手を伸ばす。
「ジンこそ、テラ・フォーミングの学位を二つも持ってるくせに。自給率の向上と地産地消は、植民成功の二大要素でしょう?」
「まあなあ。でもこの星は植民星じゃない。宙港の回りに住んでる余所者は、100%外地から持ち込んだ食糧に頼ってる。第一、ヤツらがここの作物を買いたたくようになったら、原住民は餓死するぞ」
「今まではね」
「これからは違うってのか」
「多分、あなたに来てもらった理由はそれもあるの」
 それにはジンも驚いた。
「俺は物理工学の方で呼ばれたんだと思ってたんだが。今のところ、転送装置の開発ばっかりやらされてるぞ」
「あなたが乗りたくなければ、この話はおしまい。でも興味があれば、あなたの知識と経験をすべて駆使して助けてもらいたいの」
「助けるって何を?」
「この星を・・・かな?」

 食事を片付けて、サクヤが赤い液体を持ってきた。
「ジンはもうアルコール飲めるようになったのかしら」
 ジンは、ちょっと顔を赤くした。
「飲めるよ。エクルと飲んでひっくり返ったのは12の頃の話じゃないか」
「これはそんなに強くないけど、疲れが取れるから」
 とグラスをひとつ渡された。
「何の酒だ?」
「ペヨの実よ。あなたんちのドームの玄関にも生えてなかった?3mくらいあるサボテンみたいな植物」
「あの実、食べられたのか。確かによく動物が齧りにきてたなあ」
 居間に音楽が流れ始めた。
「何だ、これ?」
「あの子供が落ち着くように音楽をかけて、と頼んだの。でもセバスチャンの趣味はちょっと嵐の夜向きじゃないわね。バッハのパルティータじゃ暗すぎるでしょ」
 サクヤが隣室のコンソールに向かって、何か指示を与えていた。
 今度は数人の人の歌が掛け合いをやっている賑やかな音楽になった。楽器も数種類入って、楽しげだ。
「今度はどこの音楽だ?」
「この星の春祭りよ。脊梁山地の西の村で録音したの。集団お見合いを兼ねた、豊作祈願のお祈りってとこね。あなたが来るちょっと前にあったのよ。来年は一緒に見に行きましょう」
「たいしたもんだ。食糧といい、祭りといい、あんたはここの生活に馴染んでいるんだな。何年住んでいるんだって?」
「まだ3年よ」
 ジンは黙り込んだ。いったいどこから聞けばいいのか。
「あなたは何も聞かないのね」
 サクヤがにっと笑った。
「正体がバレて困るようなら、20年近く経ってあなたの前に現れないわ」
「バレて困るような正体があるのか?」
 サクヤはちょっと天井を見上げて、嵐の音に耳をすませた。
「そういえば、ないわね。正直に説明しても、それ以上追及されようがないわ。第一、私達、自分でも正体を教えて欲しいくらいなのよ」
 サクヤは飲み物の盆を手に取った。
「続きは、あの子の病室で話しましょう」