アネモネ





 ウイグル・ステーションの2人暮らしのテントで、2人はいつもの会話を始める。
 小さなサクヤは大きなサクヤのことが気になって仕方ないのだ。

「ねえ、大きいサクヤってヤスミンみたいな感じなんじゃない?」
 サクヤが小さな織機で肩かけを織りながら訊いた。今回は4色の糸を使って複雑な模様に挑戦している。
 メイリンも自分が15の時よりうまいと舌を巻いていた。
「そうしてそう思うの?」
 エクルーが聞き返す。
「うーん。エクルーとアルがヤスミンを見てる時の様子……かな? 2人ともが共通してめろめろな女性というとサクヤでしょう?」
 エクルーは肯定したものか否定したものか悩んだ。
「ほやんと現実離れしてて、人の緊張感をそぐことは似てるかな? アルがいた療養所のシスター・シーリアもそういう感じの女性だった。何か悩んでるのがバカらしくなっちゃうんだよね。まあ、アルはそういうことに救われてたんだろう」
「ヤスミン、美人だしね」とサクヤがつけ加えた。
「大きいサクヤは別に美人じゃなかったよ」
「そうなの?」サクヤは驚いて大きな声を出した。
「例えばイリスが宙港を歩くとかなりの人が振り返る。ボニーだってけっこうな美人だ。俺は一度夢でボニーを見て、忘れられなくてずっと探し続けた。でも俺とサクヤに一度会って、次の時覚えている人はほとんどいない」
「でもそれは気配を抑えてるからでしょ?」
「まあね。サクヤもきれいな人だけど人目をひく女性じゃなかった。というか、存在感が薄くて何というか……シラカバの木か何かみたいだった」
 サクヤがエクルーの目をじっとのぞき込んだ。
「でも好きだったんでしょ?」
「俺はシラカバが好きだから」
「グラン・パとアルもね」

 2人は顔を見合わせて笑った。
「小さいサクヤの方が美人だよ」
「でも私はシラカバじゃない」
「そうだね。どっちかというと、お花みたいだ。ほら……何ていったっけ。岩場に咲く青いアネモネ。大輪でふわふわ綿毛のついてる……あれのイメージなんだよね」
「パスク・フラワー。私の一番好きな花」
「そうなの? 君似てるよ、あの花に」
 サクヤは機から手を下ろして、ひざの上でこぶしをにぎりしめた。目がうるんで、みるみる涙がこぼれた。
「俺、何か悪いこと言った?」
「ううん……ううん」

 エクルーは席を立って、サクヤの隣に来た。
「どうしたの?」
「何だか……今初めて実感できたの」
「何を?」
「エクルーが私を本当に好きでいてくれてるって」
「今まで疑ってたの? ひでえなあ」
「疑ってたわけじゃないけど、何だか自信が持てなかったの。私が身寄りがないから、何というかボランティア的に面倒見てくれてるだけじゃないかって」
「それで一緒のベッドに寝てたら、俺、犯罪者じゃない」
「それは私が子どもだから」
「子どもなんだけど……魅力的だと思うよ。俺、かなりガマンしてるんだけど」
「ホント?」
「ホント。でも大丈夫。サクヤが大きくなるまで待てる。大きいサクヤなんか3000年くらい待った」
「どうしてそんなにかかったの?」
「だってあの人シラカバだから。人間の女の人の気持ちになるまで時間が必要だったんだよ。……というかキジローがね、すごくつらいことがあって絶望しちゃった時、サクヤはどうしてもキジローを救いたかったんだな。初めてシラカバから女の人になって、キジローを抱きしめたんだよ。シラカバなら何百年でも生きるけど、人間の寿命は短い。それどもサクヤはキジローを選んだ」
「素敵……。愛してたのよね」
 小さなサクヤにとってキジローは祖父に当たる。父親のロマンスより祖父のロマンスの方が生々しくなくて美しい想像の余地があるようだ。
「そして、俺を生んだことでさらに寿命を削った。大きいサクヤと会わせてあげられたら良かったのにね」
 サクヤはエクルーのほおに手を当てた。
「そんな悲しそうな顔しないで。サクヤはしばらくの間でもグラン・パやあなたと一緒に暮らして幸せだったと思うわ。2人を失って何百年も一人で生きるより、絶対絶対その方は幸せよ」
「……うん」