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 1週間が過ぎたころ、小さいサクヤの攻撃が再開された。
「スオミに聞きそびれたことがあるんだけど」
 エクルーを見上げて大きな灰色の眼で見つめている。
「ええと、それはまた改めてスオミに聞いたらいいんじゃない?」とエクルーが用心深く答えた。
「スオミと話そうとすると、アルがチャチャをいれるんですもの」
「ああ・・・」とエクルーが嘆息した。
「それに、こういうことは保護者に聞かないと」
「うーむ。まず、俺は婚約者かもしれないけど、保護者じゃない。何故なら俺も未成年だから。俺たちが同じベッドで寝てても怒られないのはそのためだ。子供同士だから。第2に、俺は男だから女のことはわからない。第3に、そういうことを質問されるだけで軽いゴーモンだ」
 サクヤが目をぱちくりした。「そうなの?」
「何がそうなの?なんだ」
「最後の答えよ。なぜゴーモンなの?」
「俺は未成年だけど、身体は一人前なんだ。君と一緒に過ごしながら、君を傷つけないよう必死なのに、そんな核心をついた質問を・・・」
「つまり、エクルーは私の聞きたい質問がわかっているのね」
「だいたい想像がつく」むすっとして答える。
「ふうん。そして、多分答えも知ってて、でも教えたくないのね」
 エクルーはふーっと長いため息をついた。
「例えば、君が医者に当分アイスクリームとチョコレートは禁止だと言われたとする。そんな時に、友達がチョコ・ファッジのおいしい店の話を延々しだしたら、どんな気持ちがすると思う?」
「当分ってどのくらい?」
「え?」エクルーは面食らった。
「当分、アイスクリーム禁止ってどのくらいなの?」
「さあ?5、6年かな?」
「5、6年ね。わかったわ」
「わかったって何が?」
「私の知りたかった答えよ。5、6年待てば、エクルーをいじめずにこういう話ができるようになるのね」
 エクルーの顔が、首から耳まで真っ赤になった。くるりと背を向けると、テントを出て行こうとした。
「待って。結局、いじめたことになっちゃったの?怒らないで」サクヤが腕にしがみついた。
「怒ってない。だから腕を放してくれ」目をそむけて、なお外に向かおうとする。
「イヤよ。エクルーはぷいっと消えちゃうと、いつまでも帰ってこないじゃない。それに赤くなったエクルーってかわいいんですもの。顔を見せて?」
「かわいいとか言うな」相変わらずそっぽを向いている。
「どうして?自分の言葉で恋人を真っ赤にできるっていい気分だわ。何だか悪い女になったみたい」
「9歳の悪女かよ。勘弁してくれ」エクルーがうめいた。

「もうひとつ質問があるの。”めくるめく快感”っていうのは、この間習ったプロセスのどこで起こるのかしら?」
「勘弁してよ」エクルーは頭をかかえた。
「あれから色々テキストを読んだんだけど、どこにも書いていないの。チェンに借りたロマンス小説にもはっきりしたことは書いていないし」
 エクルーは目を眇めて、精一杯批判的な顔をした。
「興味シンシンだね。でもこれは、食べたことのないアイスクリームのフレーバーなんかじゃない。場合によっては命にかかわる問題だ。真面目に扱うように」
「だから、マジメに興味をもっているのよ」
 エクルーはふーっとまたため息を吐いた。
「じゃあね、目を閉じて」
 サクヤが目を閉じると、エクルーは背中に手を回してマジメにキスをした。  目をぱちっと開けたサクヤに、「どんな気持ち?」と聞いた。
「どんなって・・・ドキドキして、ぽあっと温かくなって、何だか甘い気持ち」
「それだよ。それが”めくるめく快感”。いろいろ種類があるけどね」
「ふうん。何だ。もっとすごいのかと思った」
「実際すごいよ。花火が上がったり、銀河が見えたりする」
「銀河?」
「うん。だから、5年後を楽しみにしてな」
「エクルー、赤くなってないわ。それにゴーモンされてる人の顔じゃない。何だかニヤニヤしてない?」
「そりゃあ、君の方が真っ赤だから」
「本当?」
「5年後が楽しみだな」
 サクヤはそう言われてますます赤くなる。エクルーはサクヤを抱き上げて、ほおにキスした。
「その時は、こうやってベッドに運んでやるよ」
「もう。からかわないで。私が子供だからって」
「からかってなんかないよ。初めての夜は、女の子をこうやって運ぶルールがあるんだ。その時、女の子は必ず白いネグリジェを着なくちゃいけない。クマのぬいぐるみも禁止」
「やっぱりからかってる。もういい。スオミに聞いてみるから」
「最初からそうすればいいんだよ」
にやにやしているエクルーの顔をすぐ横からにらみながら、冷たい口調でサクヤが言った。
「エクルー。指摘してもいい?」
「どうぞ?」
「何だかアルに似てきたわよ?」
 そのショックから立ち直るのに、エクルーは3日くらいかかった。でも、本当のショックは5年後に来た。