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 日没に開始する予定なのに、アルもエクルーも昼過ぎから手伝いに来ていた。
 アルはドームの西側に組み立て式のテーブルや椅子を並べて、ランタンを吊るした。
 エクルーは台所でジンの手伝いだ。
「ここまで人数が多いとは知らなかった。あと、2、3品デザートが欲しいよね? オーブンが占領されてるから、冷やすか、蒸すか……」
「あんまり入れ込まなくてもいいぞ。ひとっ走り、買ってきてもいいんだから」
「それは料理人の誇りが許さない。そうだ、サクヤ、アイスクリームを作らないか。ひたすら混ぜるヤツ」
「アイスクリーム? 作れるの?」
 フレイヤが歓声をあげた。
「作れるよ。一緒に混ぜる?」
 とサクヤが言った。
「作る! 混ぜる!」
「父さん。今日くらい私達も台所に入っていいでしょう?」
 アヤメとアカネが抗議した。
「お前達の入るスペースはないよ。そっちで赤ン坊の子守りでもしててくれ」
「サユリならリィンのとこよ。準備が済むまで預かってもらったの」
「やれやれ。何だかもう嫁にやったみたいな気分だな。お前達はもう少しのんびりここにいていいぞ?」


 氷を張ったボールの中でアイスクリームを混ぜながらフレイヤがぽそっとサクヤに聞いた。
「あの髭の双子のこと、どう思う?」
「どうって?」
「2人してアカネとアヤメにアプローチ中なの。プロポーズらしいことしたけど、保留中なんですって」
「へええ」
「双子を2人がうまくいったら、サクヤも嬉しいでしょ?」

  サクヤは混ぜる手を止めた。
「どういうこと?」
「だって、ダブル・ウェディングよ? 素敵だと思うんだけど、アカネは気に入らないみたい」
「そうね。素敵かも。でも本人が乗り気じゃないなら仕方ないじゃない」
 そういいながら、サクヤは足元の地面が無くなったような気がした。身体がすうっと冷たくなる。
 エクルーがボールを覗きに来た。
「お、大分固くなってきたな。後10分ってとこかな。フレイヤ、後任せていい? もう味見していいよ。できたらフリーザーに入れて?」
「了解」
 フレイヤは早速ボールにスプーンを突っ込んで味見を始めた。
「サクヤ、ちょっと外に出よう? 顔が青いよ」
 2人はルパの小屋とイリスの畑がある一角に出てきた。
「準備が終ったら、俺達は帰ろう」
「どうして?」
「君が辛そうだから」
 サクヤは真っ直ぐ立ったまま身体をこわばらせて、唇を震わせている。
 エクルーもサクヤの肩に手を回して、そっとおでこにキスをした。
「俺は平気だけど、君に嫌な思いをさせたくない。双子が誰を選ぼうと、俺の気持ちは変わらないんだから。君が後ろめたくない思うことない。俺を双子に譲ろうなんて考えないでよ?」
 サクヤは黙って頷いた。
 頬にこぼれた涙を、エクルーがキスでぬぐった。
「もうすぐプディングができるから。そうしたらジンに断って帰ろう?」
「ううん。ここにいる。私は平気。ここにいたい」
「本当に平気?」
「平気」
「残念だな。君が泣いてると、キスする口実になるのに」
 サクヤが笑った。
「泣いてなくてもキスしていいのよ?」
「勿論させてもらうけどね」


 その晩のハイライトは、双子が髭を剃って現れたことだった。
 髭がないと5歳は若く、デリケートで優しく見える。明るい茶色のふわふわした巻き毛と、明るい緑色の夢見るような瞳。フレイヤがテディ・ベアだと言ったのは当たっている。はちみつ色の双子のテディ・ベア。
 サクヤはルカと、リィンはサイモンを話が合った。

 意外なことに、アカネもアヤメも楽しく過ごした。
 サイモンがピアノ、エクルーがギターを弾いて、みなで次から次と歌った。
 音楽に合わせて、ジンとイリス、アルとスオミがゆっくり踊った。ルカはサクヤに申し込んで、1曲踊った。リィンはサユリを肩にのせて、くるくる回って笑わせた。
 ルカは次にフレイヤにもダンスを申し込んだ。アカネとアヤメは2人で手をつないで踊った。

 エクルーはギターを置くと、リィンをつかまえて耳打ちした。
 そして、リィンはアヤメに、エクルーはアカネにダンスを申し込んだ。
 軽快な明るい曲。リィンの肩にはサユリが乗っていて、踊っている間中3人で笑っていた。アカネは少し固い表情で、一言も喋らないまま1曲が終わった。

 ピアノをエクルーが交代して、今度はサイモンがアカネ、ルカがアヤメにダンスを申し込んだ。

 次の曲でパートナーチェンジ。
 リィンはイリスと、ジンはフレイヤと、アルはサクヤと。そして、サイモンはアヤメと、ルカはアカネと踊った。
 眠くなるようなくだるい曲。アヤメもアカネも無言のまま踊り終えた。

 みな踊りつかれて、フレイヤとサクヤの合作のアイスクリームを食べた。
 サクヤはせっせとスプーンですくって、ピアノを弾いているエクルーの口と自分の口に交互にアイスクリームを運んだ。

 一同協力して、食器やピクニック・テーブルを片付けている間も、エクルーはピアノを弾き続けていた。楽しい魔法が解けないように。
 横でサクヤが譜めくりをしていた。でもほとんどの曲はエクルーの頭の中に入っているのだ。
 サイモンが感心した。
「凄いレパートリーだなあ。僕は学生時代、ジャズ・バーとかラウンジで弾くバイトをしてたんだけど、君には負けるよ」
「でも君の方がピアノがうまい。俺は糸ものの方が性に合ってる」
「僕がここにいるうちに、またセッションしよう」
「いいよ? 俺んちにもピアノがあるから弾きに来てくれ」

 エクルーが優しい旋律を弾き始めた。
 スオミが皿を拭く手を止めた。
「この曲……キジロー父さんに初めて連れていってもらった映画の曲。私、この本で連邦標準語を覚えたの」
「私もこの映画見た」
 サクヤが顔を輝かせた。
「私はこの本を毎晩、母さんに読んでもらった」フレイヤが言った。
「どんな話なの?」とルカが聞いたのでアルが説明する。
「7匹のドラゴンが住む星に、魔女の呪いで迷い込んできた女の子が、ドラゴンを仲良くなって、魔女をやっつけてめでたく幸せになる話」
「この本を買ってくれた時、キジロー父さんはこんな話だって知ってたのかしら。逃避行の途中で立ち寄ったステーションで、大急ぎで選んだはずなのに」
「スオミの理想の男性像がキジローなもんで、俺はたゆまぬ努力を続けなくちゃいけない」
 とアルがぼやいた。
「あら、なかなかいい線いってるわよ?」
 とスオミが言って、アルが
「そりゃ、ご親切にどうも」
 と答えると、一同は笑った。

 幸せな気分のまま、パーティーは解散した。
「楽しかった?」
「楽しかった。でも私、エクルーと踊ってない」
「あ、そっか。温室に戻ったら、2人で続きをしよう。踊り明かしてもいいよ?」