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 イリスは服に埋もれて目を丸くしている。
「どうしてこんなにたくさん服が必要なんだ?」
「私もそう思うけど、いろんな服を着るのは楽しいものらしいわよ?」
 イリスは箱を2、3コ開けて、疑わしそうにじろじろ服を見ていた。
「楽しいのなら、スオミにも着せてやろう」
「そうね。いいかも。まだ元気がないものね。フェンとメルも呼ぼうか?」


 ジンはサン・ルームに閉め出されて、リビングでファッション・ショーが始まった。きゃっきゃっという笑い声。キャーっという歓声。
 居たたまれずうろうろしていると、エクルーがまた一山箱を運んできた。
「服のお替り、お届けにあがりましたー」
「すごい量だな。これも全部、おまえが買ったのか?」
「だってサクヤは自分で服なんか買わないからな。でも結局、俺が見立てたなかで1番地味で装飾のないのを着てる」
 エクルーはため息をついた。

 そこへ、イリスの部屋のドアがばたんと開いて、サクヤが出て来た。
「エクルー、ありがとう。持って来てくれたの?」
 その姿を見て、ジンもエクルーも口をぽかんと開けた。白地のサマー・ドレス。大輪のオレンジがかった赤い花が全身に散っていて、肩とスカートの脇腹のところに深紅の大きなシルク・フラワーが揺れている。背中が広く開いたデザインだった。ジンは、サクヤがこんなに華やかな服をきているところを初めて見た。
「似合ってるよ。もったいない、何でこういうヤツ、普段着ないんだ?」
「このドレスで苗床の土をこねるの?」
「なるほど・・・着て行くとこないよな。しかしもったいない。そのドレス姿、キジローにも見せてやったらどうだ?ここに呼ぼうか?」
 とたんにサクヤの顔が真っ赤になった。
「必要ないわ、もう脱ぐんだから。今日は私は女のコ達の着付け係りなの」
 そう言って部屋に引っ込んでしまった。代わりにスオミやフェンが出てきて、お替りの服を部屋に運び込んだ。
「2人とも似合ってるよ。スオミは紫の入った青系の服を選ぶといい。目の色に合うから。フェンは黄色やオレンジが似合う。ほら、このリボンはもっと上でしばってごらん。ちょっとドレープを寄せて」

 エクルーは、ファッション・アドヴァイザーとして居間に残ることになってしまった。サクヤはいつものイドリアンのワンピースに戻って、女のコたちのすそをつまんだり、肩を上げたりしていた。スオミと、フェンとメルは、代わる代わる服を着ては、エクルーに見せてアドヴァイスをもらってサクヤに直してもらった。
「この服、みんなもらってくれない?サクヤは着る予定がないし、どうせ全部、春祭りのバザーに出す予定なんだ」
 そうエクルーが言うと、女の子3人は大喜びした。
「本当に?もらっていいの?」
「サクヤ、もう着ないの?」
「でも似合ってたのに」
 サクヤは微笑んだ。
「ありがとう。でももう着ないの。必要な服はちゃんと自分の部屋に取ってあるから心配しないで。着てもらった方が服も幸せだわ」
 3人は歓声を上げて、服を選びに部屋に戻った。


「ごめんね」サクヤがぽつんと言った。
 エクルーはからっと笑った。
「いいんだ。もともとサクヤは裁縫したり、編み物したりして、自分で作る方が好きなんだもんな。サクヤに既製服を買うのは単なる俺の趣味。さっきのドレス姿を見ただけで、十分満足したよ。後は服に幸せになってもらおう」
「ごめんね」サクヤが繰り返した。
「だから、いいって。しかもキジローは見てないんだもんな。自慢してやる」


 サクヤがイリスの部屋に引き揚げた後、ジンが聞いてみた。
「しかし、何だっておまえ、サクヤが着ないってわかってて、こんなにたくさん服を買ってくるんだ?」
 エクルーは口にちょっとゆがんだ笑いを浮かべた。 
「服を見た時、サクヤが何とも言えない顔をするんだよね。装飾の多い華やかな服ほど。ハデな服を着ることへの罪悪感と俺に悪いと思う気持ちの板ばさみでさ。あの顔が見たくて、ついまた買って来ちゃうんだよ」
 ジンはしばらく黙っていたが、やがてぼそっと言った。
「おまえ、それって、イジメてるだけじゃないのか?」
「そうだよ?」
 エクルーがさらっと答えたので、ジンはため息をついた。
「サクヤもかわいそうに。こんなヤツに玩ばれて」
「これも愛情のうち」
「そうなのか?」
 ジンはよくわからない、という顔をした。
「おまえの愛情ってひねくれてるよな」
「そうかな。シンプルだと思うけど」
「そんなんじゃ、長生きできないぜ」
 言ってしまってから気がついて、ジンは吹き出した。エクルーもぷっと吹き出して、2人でひとしきり笑った。
「もう十分長生きした。もう十分サクヤをイジメた。思い残すことは何もない」
「これからはイジメないで、もっと素直にかわいがってやればいいじゃないか」
 エクルーは口をゆがめて笑った。
「そんなの性に合わない」
 ジンは後々、この時のゆがんだ微笑みを思い出すことになった。


 肝心のイリスは一度も部屋から出て来ない。
「イリスは好きな服が見つからないのか?」
 エクルーが聞いた。
「何着か着てみているけど、ぴんとこないみたい。窮屈だ、とか動きにくい、とかぶつぶつ言っているの」
「イリスは、服に関しては誰かさんと同じ感覚みたいだな」
 エクルーは空を仰いでため息をついた。

 部屋の方できゃああっと歓声が上がった。
「すごい!きれい」
「一番似合ってる!」
 どやどやと出て来た女のコ達の真ん中にイリスがいた。白いドレスは、光沢のある白い糸で意匠を刺した刺繍と、水晶の小さな小片で飾られている。ヘッド・ドレスにも豪奢な刺繍が施され、そこから顔の左右に宝珠と組みひもの長い飾りが垂れて揺れている。
「メドゥーラが貸してくれた春の乙女の衣装なの」
「フェンとメルとイリスが候補なんですって。きれいねえ」スオミがうっとりと衣装に触った。
 フェンはジンの方を向いて、勝ち誇るように言った。
「どう?花嫁さんみたいだと思わない?」

 ジンは言葉が出てこなかった。
 純白の衣装に包まれて、イリスはまばゆいばかりに輝いて見えた。きれいな子なのは知っていた。でも、こんなに美しい女性だったなんて。
 ずっとやせこけた不憫な子供だから、と自分をだましてきたのだ。何てこった。もう俺を阻むものが無くなってしまったじゃないか。

 ジンは口を開けたり閉めたりしていたが、言葉が出て来ない。でも目はずっとイリスを見つめていた。イリスも大きく目を見張って、じっとジンを見つめている。口をきゅっと結んで、両手のこぶしを胸に握りしめている。

 やがてイリスはふっと目を伏せると、部屋に引っ込んでしまった。
 一同、魔法にかかったように言葉を失ってたたずんでいたが、ドームを遠ざかってゆくボートの音で我に返った。

「イリス?」
 部屋には衣装が脱ぎ捨てられていた。アマデウスがいない。
 アマデウスを呼び出すと、モニターにいつものおたまじゃくしのような顔で、緊張感をそぐ声で応答した。
「はい、ただいまメドゥーラさまの祠に向かっております」
「イリスが一緒なのか?」
「ええ。そうです」
「イリスを出してくれ!」
 ジンが言うと、ロボットがやや首をかしげた。首がないくせに器用なヤツ。
「ええと。イヤだ、と言われました。ちょっと待って・・・はい、なるほど。以前よりメドゥーラ様から打診されていた春祭りの”春の乙女”になるという件を引き受けることになさったそうです。そうすると春祭りまで厳しい潔斎を強いられて、祠で修行を重ねるので、ドクターとも会うことがかなわないそうです」
「そんなバカな!おい!」
「以上です。失礼します」
 通信が切れてしまった。

 みんな、じーっとジンを見つめる。
「何だ。俺のせいか?俺が悪いのか?」
 フェンがため息をついた。
「どうして、きれいだ、の一言も言えないの?」
「せめて似合ってる、とかね」メルが付け加えた。
 スオミがうつむいた。「・・・イリス・・・かわいそう」
「サクヤのドレスはほめたくせに、イリスには一言もなし、か」
 エクルーまでジンを裏切った。
「お前だってサクヤに何も言わなかったじゃないか。キジローだってここに連れて来たら、やっぱり何も言わないと思うぞ。言えるもんか」
 ジンの必死の答弁も、みんなに冷たく無視された。フェンはやや大げさに肩をすくめてため息をついた。
「ジン、わかってる?イリスが春の乙女を引き受けたってことはね、ジンは有力候補からはずされたってことなの。イリスと2人で苗床を回ってるってだけで、グレンはかなりやっかまれたのよ?もう今日からこの辺の集落中から候補者が列を成すと思うわ」
 ジンは話がつかめなかった。
「待て。何のことかわからん。何の候補だって?」
「イリスのおむこさん候補に決まってるじゃない!」
 あきれたようなフェンの声に、ジンは頭がガンガンした。
「メドゥーラのとこ、行って来る!」
 そう言って、ヨットで飛び去った。


「さて」とエクルーが手をぱん、と打ち合わせた。
「ドラマはご両人に任せて、はずされた人間は衣装を選ぼう。どれにする?みんな5、6着ずつ山分けだ。サクヤ、どうせ、お祭り騒ぎだ。君も手放す前にもうちょっと着てみなよ。どうしても着てみて欲しいドレスがあって・・・」
「どれ?どれ?」
 エクルーがブルーグレーのシルクのドレスを広げた。不規則な花びらの形に裁断した布が何重にも縫い付けてあって、スカート全体がひとつの花のようだ。
「わあー、すごーい。きれーい。ねえ、着てみて」
「私も着てみたい!」
「順番に着てみたらいいよ」
 女のコ達の援護射撃もあって、主人のいないジンのドームで華やかなカーニバルが続いた。

 フェンを迎えに来たグレンが、メルのドレス姿を見て固まる、というハプニングもあったが、概ね楽しく過ごした。
 それでも結局、最後はフェンのこの言葉でしめくくられた。
「本当に男ってだめねえ」