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 手をつないでポッド・スターターに向かいながらキジローがぼそっと言った。
「なあ。俺の娘の話、誰かから聞いたことあるか?」
「キリコのこと?」
「うん。もう、死んじまったけどな。かわいい娘だった。親ひとり子ひとりだったんで、子供らしいワガママも言わずに、俺よりよっぽどしっかりと肝の据わった娘だった。あの子がさらわれたのが・・・5つの時だ。あんたが父親と離れ離れになったのが5歳のときだと聞いて、不思議な縁だと思った」
 スオミはだまってじいっとキジローを見上げている。
「多分、あんたが考えている以上に、この旅は俺にとって大事なんだ。失くしてしまったものは取り返せないが、別の形で今、返してもらってる気がしているんだ。だから約束してくれ。ニ度と俺をおいて消えないでくれ。逃げるなら、一緒に逃げよう。もう、あんな思いはまっぴらなんだ。とても耐えられない」
 スオミが両手を差し上げたので、キジローはひざをついた。その首に抱きついて、スオミは泣いた。
「ごめんなさい。約束する。一緒に逃げよう」
「約束だ。ずっと一緒に行こう。絶対に一人にしたりしないから。だから俺のことも一人にしないでくれ」
 スオミをぎゅっと抱きしめながら、不覚にもキジローまで目の奥が熱くなった。

 スオミは腕をゆるめておでこをキジローのおでこにくっつけると、ふいに聞いた。
「ねえ、ジロウはフィオナのお父さんなのよね」
「そうだが?」キジローはちょっと面食らった。
「じゃ、ポッドの中でまた歌を歌ってくれる、父さん?」
 キジローはにっと大きく笑った。
「ずるいな、俺ばっかり歌わせて。ポッドの中で教えてやろう。90分あったら覚えられるだろう」
「じゃあ、父さんも覚えてよ。”あんた”じゃない呼び方」
「うーん、そうだな。また名前が変わるもんな。あんたは何て呼ばれていたんだ?」
「ハミングバードとかスィートハートとか」
「そりゃ照れるな。シラフで呼べるか自信ない。ヤング・レィディってのはどうだ?」
「うーん」
「ポップシィ(お嬢ちゃん)?」
「ダメ」
「シス(お嬢さん)?」
「まあ、いいか」
「ハミングバードもそのうち練習するから。それでいいか、シス?」
「手を打つわ、父さん」
 キジローはスオミを抱き上げると、軽々と肩に乗せた。
「さあ。90分、恐怖の閉鎖空間の旅。二人で歌ってがんばろうぜ、シス」
「二人ならへっちゃらよ、父さん」
「ひとつ、あんたの知らないことがあるぞ、シス」
「なあに?」スオミは肩の上からキジローの顔をのぞき込んだ。
「このポッドは窓がないが、ワーム・ホールに入ると空が見える。どういう理屈かは、俺に聞かないでくれ。ジンなら教えてくれるかもしれん。とにかく、最初と最後の15分ガマンすれば、360°星空の中を飛んで行けるんだ。なかなか気持ち良さそうだろ?」
「そうね。それなら怖くないわ」
 キジローがからかうように言った。
「頼むから、こいつは二往復しないでくれよ?」