蜻蛉の夢


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 カタパルトの作動試験を始めたのは、もう11月に入った頃だった。2体前後のロボットで1m四方、約200キロの腐葉土コンテナを地中に埋めるためには、いろいろ工夫が必要だったからだ。まず、水脈沿いにソナーで探査して大木が根を張れるような岩盤の無いポイントを選ぶ。決めた座標まで、コンテナを空飛ぶカーペットで運ぶ。カーペットの四隅にはドリルがついていて、1.5m掘削した後、カーペット全体がリフトのように穴の底に下りてコンテナを地下に下ろすのだ。

 結局ジンは、ロボットには誘導とコンテナ設置の微調整のみで、ドリルもリフトも持たせないことにした。作業用スーツのようなごついロボットも試作したが、とても量産できないし、後で置き場所にも困るからだ。空飛ぶカーペットだけでも大体の作業はできるのだが、主に広報のためにキューキュー鳴くガードナー・ロボットが必ず一緒に飛んでくる。それを楽しみに、どんなに”危ないぞ”と注意しても、イドリアンの子供達がジュータンを追いかけて走ってくるのだ。

 今日も10人ばかりの子供とルパにまたがった年寄り3人が、カーペットの試運転を見物していた。興味を持ってもらうのはいいことだと思って、ジンはそれぞれのポイントの植えつけスケジュールとどこの苗床ドームから飛んでくるのかを、リストにして各集落に配ることにした。今日のコンテナで7コめだが、子供たちは今まで植えた6コを毎日観察していて、口々に”まだ何も出てないよ”と報告するのだ。”春に長雨が降るまで芽は出ないよ”とジンが説明したのは30回できかない。


 子供のひとりが歓声をあげた。
「あ、ほら。来た!」
「また2匹乗ってる!」
 ジンが双眼鏡で見ているのに、イドリアンは子供も年寄りも遠目が利くのだ。グレンがストップウォッチで試運転のタイム・キーパーをしていると、弟たちが時計を持ちたがって騒いだ。
「持たせてもいいけど、ボタンを押すんじゃないぞ。時間を読み上げて。掘り終った時と、コンテナが下りた時と、リフトを引き上げた時。わかったか?」
 みんなで穴の周りに群がって、口々に状況を報告するのでさらに大騒ぎになった。
「掘ってる」     「5分45秒」
「石のけた」     「6分05秒」
「掘った」      「6分47秒」
「掘り終わった!」  「7分58秒」
「ドリルしまった」  「8分03秒」
「コンテナ下り始め」 「8分15秒」
「底についた」    「8分23秒」
「リフト戻って来た」 「8分45秒」
「土かけてる」    「9分07秒」
「ならしてる」    「9分27秒」
「終了!」      「9分45秒!」

 ジンがため息をついた。「ざっと10分ってとこか。まずまずだな。」
「違うよ。9分45秒だよ」少なくとも5人の声が訂正する。
「エクルーがもう1コ飛ばすか、と聞いてるけど」グレンがジンに聞いたのに、子供たちはエクルーに答えようとする。
「今、どこいるの、エクルー」「やっほー」「どこー?」
マイクを手で覆って、グレンが「双子岩のドームだよ」と説明したのに、チビ達は背伸びしてマイクに呼びかける。
「まだ飛ばすの?」「エクルー、聞こえる?」「おーい」
ジンが大きな声を出した。
「9分45秒なら合格だ。ドームに戻ってエクルーを拾うぞ。今度は岩盤が多い玄武谷で試験しよう」
「エクルー、聞こえた?」「今からそっち行くよ」

 子供の一団がさらに騒ぎ始めた。
「グレン、ノヅチが呼んでるよ」
「次のトンボが来るって」
「今度は黄色いヤツだって」
「了解」
 グレンはため息をついて、イヤーカフをジンに返した。
「俺はチビ達連れて、ゲートにスオミを迎えに行くよ。夜、また苗床に行くってエクルーに言っといてくれ」
「わかった。そっちは頼む。俺はとてもじゃないが、トンボ追っかけてあんな足場の悪いとこを走れないからな」
 メドゥーラに仕込まれて半年近く経つのに、何の修行もしていないチビ共の方が泉の声に敏感なのはどういうわけだ。子供の方が何でも覚えが早いもんだが、それにしても・・・。

   ルパを駆って双子岩の泉に向かう途中、チビを3人伝令にやって昼ご飯を食べにテントに戻っていた連中を招集した。5分と遅れず全員集合した。
 祠からスオミがチビたち10人を連れて現れた。手分けして、つるで編んだ大きなカゴを6コ抱えている。
「お疲れ様。こいつはどんなとこに住むトンボ?」
「水温の低いところ。岩山の上のちょっとした水場とか霧の多いところとか。それから塩気の多い湿地も」
「ここらだと、どこがいい?」
チビ達が挙げ始めた。
「巨人の背中」
「背骨の上」
「サロベツ」
「サロベツ?」
 隣りの集落地から助っ人に来ているメルの声にグレンが聞き返した。
 メルはパールグレーの明るいしっぽを揺らして、泉の方を見ながら答えた。
「海の側の冷たい湿地ですって。霧が多くて、昔はこのトンボがたくさんいたってヤトが言ってるわ」
「今また放して生きていけるのか?」
「来春、雨がたくさん降って湿地が広がるからちょうどいいって、ヤマワロが・・・」
「でも巨人ならヨットで50分だけど、海は船でも5時間かかるぞ。トンボが弱らないか?」
「海まで2キロのとこのゲートも開いているから、双子岩から飛べばいいって」
「いいって、誰が?」
「スセリ」
 グレンはため息をついた。ミズチたちはそろってこっちの様子を見ながら、指示を与えてくれているのだ。なのに、俺にはそれが聞こえない。どうして俺って役に立たないんだろう。まあ、いいや。俺はムーアの孫で責任があるんだ。腐らずにやれることをやろう。
「メル、海の方、頼んでいいか?カゴ2つ任せて大丈夫かな。スオミ、背骨の上、頼む。チビたちが水場の場所知ってるから。俺はヨットで3つ子の巨人に行くよ。背骨は足場が悪いから、カゴひとつにした方がいいかな?」
「平気よ。飛んでいくもの」スオミが事も無げに言った。
「チビ達も?」
「5,6人なら」
 希望者が殺到したが、今回は小さい方から5人が連れて行ってもらうことになった。
「おまえ達、がっかりするぞ。ほんの一瞬でいつ飛んだかわからないくらいだ」
「いいもん。スオミと飛ぶんだもん」
 末の弟のジーラッハはスオミに夢中なのだ。グレンはまたため息をついた。
「で、残りの2班は?海と巨人とどっちがいい?」
「泉かヨットか、悩むわね」妹のフェンが笑った。
「悩まなくていいよ。当分、このレースは続くんだ。テレポートでもヨットでも、またチャンスがある。ほら、早く決めろ。日が暮れるぞ」




 温室ドームでも、作業が佳境に入っていた。
 ドームのフリーザーがあまり大きくないので、苗床コンテナを作っては植え付け場所のドームへ運ぶ、という自転車操業だった。チューブの一部を拡張して、腐葉土を養生するためのセルを作った。キジローが、グスタフやトオルと一緒に西の斜面から土を2t運び込んで、ザクザク崩してはふるいにかけていた。
 サクヤが土の分析結果を見ながら言った。
「感心するくらい有機物がないわねえ。でもカルシウムもマグネシウムも多い。その割りに塩分は少なくて助かるわ。あら、リンもけっこうある。腐植を加えればいい培養土になるわ」
「まだこんなに要るのか?コンテナ、あと30コだと言ってなかったか?」
 キジローが聞いた。
「これは来年の微調整のためなの。ペトリから帰って来た植物と、イドラの居残り組みと、どう折り合いがつくか予測しきれないから」
 サクヤは2体のロボットの半球型の頭を交互になでた。
「メドゥーラやイリスに相談してコンテナを作ってね」
 キジローはサクヤの顔を見上げた。
「その時、あんたは・・・」
「どこかに雲隠れしてると思う」
「俺は?」
「あなたもね。ここにいるわけにはいかないと思うわ」
 自分はその時、サクヤと一緒にいるのか聞きたかった。
「連邦にアカデミーのことを告発しても、全部片付くまで時間がかかるでしょう。スタッフや研究データは当局に渡しても、生き残った実験体は守りたいわ。強制されたテロ行為の責任を子供に嫁したくない。聞く人間がいなければ、当局も手に入れられるだけの情報で満足するしかないでしょうから」
「ジンやイリスは?」
「ただのお隣さんというフリをしてもらう。イリスは言葉がわからないフリをしてもらえばいいし、ジンはデータを誤魔化すのはお手のものだから」
「メドゥーラやグレンは?」
「やっぱりしゃべれないフリをしてもらう。もともと当局は原住民を無視するだろうから、聞きもしないと思うわ」
「アルはどうするんだ?」
「彼はあと数年、今の場所が安全だと思う。ほとぼりが冷めたら迎えに行くわ」
「スオミは?」
「彼女は一番事件の中心に近いところにいるから、ここを連れ出す必要がある。連邦警察の尋問にかけたくないもの。私たちと一緒にこの星を離れた方がいい」
 キジローが思い切って聞いた。
「その”私達”の内訳を聞いてもいいか?」
 サクヤがふるいから顔を上げた。
「あなたは、この仕事が終わったら何がしたい?どこへ行きたい?」
 キジローはすぐには答えられなかった。イドラに来るまで、キリコを取り戻すことしか考えてなかった。今は、サクヤといたい。それが望みのすべてになっていた。だが、その望みを、俺は口に出していいのか?
 サクヤはふっと微笑んだ。
「慌てることないわ。当局がここに入るのは来年でしょう。少なくともあと半年は、あなたは自由にならない。ここで一緒に働いて」
 コウサクががらがらと殺菌灯のスタンドを転がしてきた。
「目に悪いですから、この先は私達でやります」
「よろしくね。ラボかキッチンにいるわ」
「夕食なら、ゲオルグが張り切ってガンボを作ってましたよ?」
 サクヤがため息をついた。
「ということは、今夜もあの子はいないのね」
 ペトリから帰ってきて以来、エクルーが夜、温室ドームにいたことがない。昼間は何かと忙しく出入りするくせに、夕方はどこか北の方の苗床ドームでキャンプしているのだ。
 ラボにいる2人のところにゲオルグがいそいそと聞きに来た。
「ミスター・ナンブ。お魚はお好きですか?銀海産の新鮮なトラウトが手に入ったんです。ホースラディッシュを添えてムニエルにいたしましょうか?」
「本当に新鮮なんだったら、衣無しで塩焼きにしてくれ。それに大根おろしと醤油」
「ガンボじゃなくて、豚汁にすべきでしたね」
 ゲオルグは、ため息をついてキッチンに戻った。