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 ぴたりと足を止めて、サクヤはゆっくり振り返った。
「いつから?」
「イドラに来るずっと前から」
「私のせいね?私の夢を読んだのね?」
 サクヤは両腕で頭を抱えて、へたっと座り込んだ。
「シャトルで起こることは、サクヤのせいじゃないよ」
「こんな事になるのが怖くて、なのに・・・!!」
 声にならない叫びを上げて、サクヤは地面にうち伏して泣き叫んだ。凄まじい感情の爆発。ずっと心にひた隠しにしていた、気づかない振りをしていた怖ろしい予感が、実現してしまった。最悪の形で。
「サクヤのせいじゃないよ」
 繰り返しながら、エクルーはサクヤを抱きしめた。まるで、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩きながら、泣き叫ぶサクヤをずっと抱いていた。

 少し落ち着きを取り戻して、呼吸が楽になってきたサクヤは、エクルーが小さい声で歌を歌っているのに気がついた。空を埋めるように群青色のトンボが飛んでいる。鳥たちはまだ、朝の採餌の時間で忙しい。羽音を立てて、虫たちが花々の間を飛び交っていた。サクヤは頭をエクルーの肩に預けたまま、歌を聴いていた。
「私、その歌、知ってる。昔、あなたが歌ってくれた。あれはどこだった?やっぱり白い花が咲いてたわ」
「もう無い星の野原だよ。この歌は”白い花の野”っていうんだ。わかりやすいだろ」
「風の民の歌ね?」
「そう。羊飼いが放牧しながら歌うのんびりした歌。歌詞も簡単なもんだ」
「教えてくれる?」
「すぐ覚えられるよ」
エクルーは両腕を丸く組んで、サクヤの身体を包んだまま、一節ずつ歌詞を教えた。
「この最後の”遠くまで”っていうフレーズは、もともと”あちら”とか”彼岸”とかそういうニュアンスなんだ」
「じゃあ、これって本当は死出の旅の歌なの?」
「白い花咲く野原って、そういうイメージじゃないか。あの世の風景だよ。死んだ恋人に花を手向けて送る歌だ」
「こんなにやさしいメロディなのに」

 サクヤの肩をぽんぽん、と叩いてエクルーが言った。
「ちょっと散歩しない?ずっと地面に座り込んでたから、冷えちゃっただろう?」
 サクヤはまだ虚脱状態でぼんやりしていた。
「何か100年分くらい、サクヤの泣くとこ見ちゃったな。まあ、いいよ。いっつも飲み込んでばかりなんだから」
 エクルーはサクヤの鼻をきゅっとつまんで笑った。
「キジローの前では、ちゃんと泣くんだよ?」
 何とも答えられずにまたぼろぼろ泣き始めたので、エクルーは笑ってサクヤの手を取って立たせた。
「しょうがないなあ。泣いてていいから、歩こうよ。せっかく満開なんだから」

 初めは景色など目に入らなかったが、池塘の点在する湿原を歩いていることがわかった。
「ほら、石の上を渡って来てよ。谷地眼に沈んじゃうよ。この石は、スオミのためにスセリとククリが並べたんだってさ。この辺り、苔桃とかベリーの類が何種類も採れるから。ほら、花盛りだ」
 尾根をひとつ越えたところで、緑の湿原が広がった。空の青、雲の白を映した池が、水神の足跡のように緑野を横切っている。星のように5弁の花びらをもつ白い花。穂になって咲くベル型の白い花。小さな花が塊りになって、梢を白く染めている低木。湿原は花の香りと、花を行き来する生き物の立てる音で活気に満ちていた。

「ここ、来たことなかっただろ?」
「ええ。きれい」
「内緒にしてたんだ。本当はアルと2人でサクヤを連れてこようって計画してたんだけど、まだアルを連れ出せないから。だから、アルと一緒に来た時は、初めて見たみたいに驚いてやって」
「うん。わかった。そうする」
 小さな雲の塊りが次々と湿原を横切って、影が緑野を渡っていく。
「また、すぐ会えるよ。ここでスオミに会えたように。移民団はけっこう成功してて、宇宙に仲間が散らばっているんだと思うな。星の記憶を持つヤツだってきっといるさ」
「でもそれはあなたじゃない。白い花の歌も歌ってくれない」
「また泣く。何だか生まれたてのサーリャに戻ったみたいだなあ」
「私、そんなに泣いてたかしら」
 エクルーが声を立てて笑った。
「大変だった。泣いたり、怒ったり。7年分を取り戻していたんだろうね、今、思うと」
「私、よく覚えてないわ」
 サクヤがまだ鼻声で言った。
「だから、サーリャが最初に笑った時、すごくうれしかった」
「私、何見て笑ったんだっけ」
「みなしごになったリスの仔を3匹、俺が塔に持ち込んだんだ。そしたら、ミギワが指を噛まれてさ。覚えてない?あの時、初めて声を立てて笑ったんだよ。ミギワは泣き笑いしてたけど」
「私ったらひどいわね」
「こっちの泣き虫もやっと笑ったな。あっちの丘まで歩いてみよう。紫の花が咲いてるから」


 ヒースやヘザーの咲くゴツゴツした丘で、二人は昼ごはんを食べた。
 エクルーはまるで、魔法のようにザックからシートだのヒーターだの出して、手際よくホットサンドとお茶を用意した。
「朝、私がいないのに気づいてすぐ飛んで来たって言ってたでしょう?よくこんなもの、用意できたわね」
「できる限り、サクヤに飯を食わせるのが俺のモットー。人間、喰わないとロクなこと考えない。サクヤの場合、一人で煮詰まって、どっか行っちゃうパターンだろう。追いかけたら、まずすべきは飯を喰わせる」
サクヤはくつくつ笑った。
「確かにあなたのご飯はいつもおいしいわ。それに、何だか楽しい気分になってきた」
「ほらね。効き目バツグン。はい、デザート」
「プディングまで!どうやって準備したの?」
「イドラからペトリに飛んでくる間」
「あきれた。たいした食いしん坊ね」