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「プールは11時まで演習だって。代りに1G区画に行って、ちょっと運動しようか」
船内スケジュールを見て、エクルーが提案した。
「そうね。到着ポートは1Gなんだっけ」
「そう。地球標準。0.6Gエリアも作ってあるけどね。そろそろ慣れとこう」
2人はガイド・レールにつかまって無重力回廊を移動した。
「Gよりも、また人込みに入るのが憂鬱だわ」
「そればかりは、ここでは訓練できないね」
「まあ、でもこのまま呼び出しがかからないとうれしいわ」
「そう?俺は久しぶりに船外作業スーツ着て、外出てみたかった」
「だって待機船員が出動するってことは、何かイヤなことが起こったってことでしょう?」
宇宙でのイヤなこと、というのはほとんど即”死”を意味する。
「まあね。出動もなし、20日間待機しただけでライセンスは更新されるし、旅費はタダ。ありがたいことだよね」
バッファー・ゾーンに入った。ここから、次第に重力が強くなる。
「でも、このライセンス、もう40年使ってるでしょ?そろそろムリがあるんじゃないかしら?」
「うん。俺たちが乗り込んだ時、ちょっとした騒ぎになってたみたいだよ」
「まあ、そうなの?教えてくれたら良かったのに」
「こういうことは、気づかないフリして平然とやり過ごすのが1番。でも、確かに俺たち、そのスジではほとんど伝説になってるらしいよ」
「どうして?」
「完全未踏査のハズレばっかり行くし、しかもたった2人で17の資格持って船を動かしてるし、そのうち1人は女。そりゃ、珍しいんじゃない?」
「そうかもね。ヴェガの件が済んだら、自分の船を買う前に別のIDでライセンスを取り直しましょう」
「むさ苦しい訓練校にようこそ」
1Gエリアに着いた時には、2人とも額に汗をかいて息が上がっていた。
「くそっ、10日でこんなにナマるもんなんだな」
「とりあえずウォーキング・マシンから始めましょう」
遅い速度で歩き始める。
「でも、サクヤって訓練校で人気あったじゃない?」
「そうだった?」
「王女様然としてるのに、女性の権利を主張しないで、ドアをゆずられるとニッコリありがとうと言う」
「何だかほめられてる感じがしないわ。旧世界の女ってことよね」
「旧世界かどうかはともかく、サクヤは夢のお姫さまだから」
サクヤはぷいっと横を向いた。腰までのつややかな黒髪がゆれる。
「そう演出しているのはあなたでしょう。エクルーがうるさく言わなかったら、私今頃、ツンツンのショートカットにタンクトップ、カーゴパンツにワークブーツでどかどか歩いてたと思うわ」
待機船員の服装規定がなかったら、いつものようにクチうるさい世話係りにはかなげなワンピースを押し付けられたに決まっている。実のところ、サクヤはロング・ヘアーもスカートも面倒臭くてキライだった。
「わーお。それはちょっと見てみたいな」
「本当に?やっていい?」
「いや、ちょっと待て。ショートカットは却下」
「カーゴパンツとブーツは?」
「・・・まあ、いいか」
「タンクトップは?」
「上にジャケットをはおるなら」
「やった。初めて女性の権利のために闘ったわ」サクヤが両手のこぶしでガッツ・ポーズをした。
「おめでとう」エクルーがマシンを止めて、サクヤのほおにキスをした。
「ターミナルに着いたら、軍払い下げの店に行こう」
「ありがとう。さあ、器械体操でもしましょうか?」
「順応早いね」
「夢のお姫さまはもともと半分しか地面に足つけてないから、1Gなんて平気よ」