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墓地に着いたアカネは驚いて立ち尽くした。
昨年の秋に来た時と風景が丸っきり違う。元々茂って墓石を埋め尽くしていたが、半年で4倍くらいの面積に広がってた上に、びっしりと花が咲いていた。
甘い香りでむせ返りそうだ。
「昨年までも花が咲いていたけど、もっとまばらだった。どんどん地下茎とつるを伸ばして、むかごで増えてたのに……むかごが全然ついてない」
アカネが茂みの中に分け入って、調べている。
「季節的なものじゃなくて?」とルカが聞いた。
「多分。以前、夏に来た時もこんなに花が咲いたことなかった。何だか怖い」
背後でサユリがうきゅきゅっと言った。リィンが花を摘んで、蜜を吸わせている。
自分も花をくわえながら、リィンが言った。
「チビ、この花はお前の叔母さんなんだってさ。おいしくて、綺麗な叔母さんで良かったな? ほら、名前を呼んでやれよ。シレネーだって」
「ぷう、シレネー?」
茂み全体がざざざと鳴り騒いだ。
「風も無いのに、何?」
「シレネー! ぴーぷー!!」
サユリが叫ぶと、葉がざわめいた。
「ぷー、ぷー。シレネー! ママー!!」
サユリが火がついたように泣き出した。
リィンの腕の中で身をよじって泣き出した。
「どうした、どうした。ママはおうちにちゃんといるぞ? この花はママじゃない。叔母さんだ」
「ママ、ママ、ママ!!」
サユリの泣き声につられて、ホタルが集まって来た。
リィンは大ぶりのホタルを1匹捕まえた。
「しょうがないな。先に連れて帰る。またな」
ホタルと一緒に2人の姿が消えた。
ルカはあっけに取られてアカネに聞いた。
「彼はホタルをタクシー代わりにできるのかい? ……アカネ? どうしたの?」
アカネの顔は真っ白だった。
まだシレネーの茂みがざわざわと揺れ動いている。花の香りが一段と強くなって息がつまりそう。
青白く光る半透明のホタルが次々と集まっている。手のひらくらいの幼生から1mくらいのものまで大小混ざって、りー、るー、と鳴きながら100匹ぐらい花の間を飛んでいる。花の間をごそごそやって、赤い実を摘んではふっと消える。
全部のホタルが実を持って消えるまでざわめきが続いた。
アカネは棒を飲んだように、まっすぐに立って身体を震わせている。
目をかなたの何かを見ている。
北の山の向こうを。
「どうしたの? アカネ? こっちを見ろ!」
ルカがほっぺたを軽く叩いた。
アカネの目がやっと焦点を結んで、ルカを見た。
「あ……ごめん。キスよりはいいかと思って」
「ええ、キスよりはいいわ。ありがとう」
「とにかく座んなよ。どうしたの? 何というか……この花のざわめきとシンクロしてるように見えた。何か怖いものが来るのか? 北から?」
アカネは花の無い地面に移動して、へたりこんだ。
大きく息を吸って、落ち着こうとした。
ルカはアカネが不安にならない程度に離れて、でもアカネが心細く思わない程度の近さで座った。よく地面を見て、植物を踏まないように座ったのでアカネは思わず微笑んだ。
「何かビジョンを見た?」
「ええ。イメージというのかな。北の空が白く光って、地面が鳴動するの。シレネーは怖がっている。花を沢山つけるのは不安だからよ。急いで花咲け、急いで実をつけ、逃げろ、逃げろ、災厄から……」
またアカネがトランスに落ちそうだったので、ルカが肩を揺すぶった。
「災厄って何だろう?」
「多分、隕石。ペトリが崩壊してから、数年に一度降ってくる。上空で衛星が見張って迎撃してくれるから、ほとんど地面に届かない。大気圏突入で燃え尽きて、せいぜい青谷みたいに衝撃波が来る程度」
「それでも凄い災害じゃないか。あの面積が火事になったら気象にも影響があるだろう?」
「ええ。長雨、冷夏、地穀変動、極ジャンプ、……彗星が……凶星が災いを連れてくる……花咲け、実をつけ、生き延びよ……」
ルカがアカネをぎゅっと抱きしめた。
アカネが我に返ったのを見て、ぱっと手を離した。
「ごめん。ショック療法。効いたろ?」
「ありがと」
ルカが立ち上がってアカネに手を貸して立たせた。
「またトランスに落ちる前にここを離れよう。次はキスしてしまいそうだ」
「ご配慮ありがとう」
2人はヨットで、ジンのドームに戻った。
「サユリは落ち着いた?」
「うん。大変だった。舌をかみそうに。痙攣して泡吹いて泣いて……。一体どうしたんだろう」
リィンは膝の上のサユリの寝顔を覗き込んで、指でほっぺたの涙を拭った。
「母さんは?」
「それが泣き叫ぶサユリを抱いてる内に真っ青になって倒れちゃったんだ。今、ジンが診てる」
「私も行ってくる」
寝室をそっと覗くと、ジンがイリスの手を握って何か話しかけていた。それから静かに立ち上がるとイリスの額にキスをして、ドアの方を向いた。
アカネを見つけて、口に指をあてて静かに、というゼスチャーをした。アカネの背に手を添えて一緒に寝室から出た。
「寝てる。話は後だ」
「何があったの?」
「こっちこそ聞きたいよ。どうしてサユリはあんなに泣いてたんだ?」
アカネは墓地での出来事を説明した。
「つまり災厄の予兆をシレネーが感じてて、その夢にシンクロしてお前やサユリも不安になったというわけか」
「そういうことだと思う。父さん、メテオ・システムはどのぐらい信頼していいの? 青谷の後も3つ小惑星が降ってきたじゃない?」
「100%とはいかない。迎撃した後、破片が落ちる場所まではコントロールできないからな。できるだけ海に落ちるようにしているが。システムが古くなってきたんで、3年前からアルに見直してもらってバージョン・アップしているとこだ」
アカネはまた身体がすうっと冷たくなった。
「父さん……今彗星が近づいてるでしょう? どうなるの? 彗星のせいで重力バランスが崩れて、ペトリの欠片が一斉に降ってきたら……衛星はいっぺんにいくつまで対応できるの?」
「父さんとアルはできるだけやってる。心配するな」
「恐ろしいことが起きる予感がするの」
アカネの手をジンが包んだ。
「不安にのまれるな。そういう時は自分にもできる事を探すんだ」
「できる事……何を?」
「例えば父さんに珈琲を煎れてくれるってのはどうだ?」
アカネは微笑んだ。
「すぐ煎れるわ。待ってて」
居間ではリィンとルカがビールを飲んでいた。
「ルカの話を聞いて思ったんだが、シレネーの分布をホタルが植えたんなら、ホタルに聞いたらどうだろう?」
「そう思って、サユリを墓地に連れてったのよ。それがあんな事になって……」
「そうか。じゃあさ、メドゥーラに通訳してもらったら? 君が見た夢の事もメドゥーラに話した方がいい。」
「そうよね。何かできる事を探さなきゃ」
ルカがビールのグラスを飲み干して立ち上がった。
「僕は青谷に戻る。まだメドゥーラが捕まえられるだろう。アカネ、君はお母さんとサユリについててやりなよ」
アカネは裏庭に停めてあるヨットまで、ルカを見送りに出た。
「今日は……色々ありがとう」
「ありがとうって何について?」
「私がパニックになった時にしてくれた、色んな心遣いよ」
「ああ」とルカが空を仰いだ。
「キスをしなかったことについてお礼を言われてるわけだな」
「それもあるけど……私の妄想をまじめに受け止めてくれたのが嬉しかった。単なるヒステリーを取られても仕方ないのに」
「ああ、そのことか。僕もボンクラだけどテレパスだからな。切れ切れだけどイメージが見えた。だから信じる」
「ありがとう」アカネが微笑んだ。
「僕とサイモンの調査予定は明後日までだけど、メイリンを説得してできるだけ早く帰ってくる。シレネーが心配する災厄ってのは、そんなに遠い未来じゃないんだろう? シレネーの分布を調べて、何か予知できるなら被害を減らせるかもしれない」
「ありがとう。私たちの星のために考えてくれて」
ルカはにっと笑った。
「余所者の意地だ」
「そうね。頑張って」
「応援ありがとう。とにかくまた戻ってくるから今はキスさせてもらえなくても焦らない。君も慌てて僕を切り捨てないでくれ。これでも結構役に立つ男かもしれないよ?」
アカネは笑ってしまった。
「そうね。期待してるわ」
「父さん! 父さんまでビール飲んでるの? まだ3時よ?」
「アカネがルカと話し込んでて珈琲を煎れてくれないから仕方なく」
「もう。じゃあ私も飲んじゃおう」
アカネはビールを一口覆ってため息をついた。
「大丈夫か? まだ顔色悪いぞ?」
リィンが聞いた。
「ええ。まだ油断するとすぐさっきの悪夢に落っこちそう。サユリもまだ眉間にシワが寄ってる。かわいそうなことしちゃった」
ジンは急に深い穴の底を覗き込んだような顔をした。
「父さん? 大丈夫?」
「いや……イリスはこのためにサユリを生んだのかと思い当たって」
「何のこと?」
「いや、上に5人いるだろう。子供はもう十分かと思ってたんだが、イリスが急にもう一人子供を作ろうと言い出した。強力な泉守りが必要だとか泉への賄賂だとか…この星はまだ危うい、とかも言ってた」
「本当にこんな赤ン坊に、そんな事を背負わせる気ですか? 災厄を避けるだの、隕石だの……大人にでき無い事をチビにやらせるんですか?」
リィンがいきまいた。
「じゃあ、大人にできることは大人でしよう。俺はメテオ・システムを見直してみる。彗星の影響も考慮に入れて、どの欠片がどう落ちてきそうか予測をつけてみる。アカネ、シレネーの分布を調べたければエクルーんとこの苗床ロボットを借りればいい。216体いる。俺が設計したんだ。30種ぐらいの植物なら結構精度良く識別する。ジェット・パックを背負わせれば300キロくらいなら自分で飛んで帰ってくる。昨日今日植えた種やむかごはともかく、育って根付いていれば検知できる。GPS付きですぐ地図に落としてくれる。リィンは……できるだけサユリについててやってくれんか。またパニックにならないように」
急に何もかも動き出した。毎日青谷のクレーターを見ながら、それでも天空に散らばるペトリの小惑星群を怖いなどと思ったことはなかったのに。
母は何を見ているのだろう。小さな妹は何を感じて怯えているのだろう。
私たちに、何ができるんだろう。