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 エクルーは、高校に隣接する病院の地下でアルを見つけた。蒼白でコンピューターの画面を見ている。
「俺も……こうなるの……?」
「ならない。君はまだオペをうけてない。それよりこれ、どこにアクセスしてる?」
「共和国軍のデータベースをハッキングして……」
「やばいな。逆探知される。ずらかろう」
「どこへ」
「一緒に飛んで。サクヤの所まで」
 病院の上空でヨットが待っていた。
「こっちよ」
 声の方に2人共飛んだ。
「高度上げるわ。敷地を見てて」

 病院の中庭にバラバラと人影が5人現れた。まるでゴリラのように長い上肢を地面につけて走っている。
 身軽に雨どいを伝って屋上に上がってきた。
「見える?」
「飛んで! 何か持ってる!」
 火器ではなく、ブロックを素手で投げている。
 ヨットの尾翼をブロックがかすめた。
「テレポートはまだできないみたいね」
「でも身体能力は大したもんだ。頭はあんまりよくないみたいだ」
「とにかくこのまま星を出ましょう。ペルセフォネまで。5分後に星間フェリーが通る。私を連れて飛んで?」
「アル、動いてるものに飛べるか?」
 アルはまだショックでガタガタ震えていた。
「アル! しっかりしろ! おまえが助けてくれないと、サクヤを運べない。サクヤがつかまっていいのか?」
「あ……」
「サクヤの右手を持って。空中で落とさないように、サクヤの波長とシンクロさせるんだ」
 手をにぎって、アルはサクヤを見上げた。サクヤはぎゅっと手をにぎり返した。
「さっきはゴメンね……許してくれる? 私を運んでくれる?」
「うん」
「0で飛ぶぞ。3.2.1…0!」

 3人はフェリーの貨物室で一息ついた。
 サクヤがザックからコンロとスープ缶、ボウル、リンゴ、クッキーを取り出した。
「よくとっさにそんだけ詰め込んだね」
「まだまだあるわよ。3日の旅だもの」
「そりゃあ、エクルー1人で運べないはずだよね……本当は運べるんだろう? ありがとう…2人とも。お礼はこれだ」

 アルはシャツの胸ポケットからメモリーチップを取り出した。
「多分、これがプロジェクトのおおまかなことをカバーしてる。片っ端からコピーしてきた」
「すごい。おまえに話して正解だった」
 サクヤは黙ってアルを抱きしめた。

 アルはサクヤの胸でしゃくり上げ始めた。
「俺はあんなものになりたくない。ステーションなんか壊したくない。あんなもののために……利用されたくない!」
 アルはサクヤにしがみついて、声を上げて泣き始めた。
「大丈夫。俺たちが守る。俺たちと一緒に来ればいい」
 サクヤは黙って、アルの頭の上に顔を寄せて、身体中でぎゅうっと抱きかかえた。
「俺……けっこうすきだったんだ。学校の先生も病院の教授も……親代わりだと思ってた。何人も……俺みたいな孤児が実験に使われて死んでた。あの施設の子供は……みんな実験動物だったんだ。俺にはもう帰るところがない」

 子供の泣き声は悲痛だった。
 エクルーは身体を寄せて、サクヤごと、アルを包んだ。
「俺たちだって帰るところはない。でも2人で何とかやって来た。これからは3人で何とかすればいい。帰るところがなければ、作ってしまえばいい」
 アルがガバッと身体を起こした。
「ダメだ! 俺だけ逃げてもだめだ。他のヤツらが実験に使われる!」
「それは大丈夫。心配ないわ」とサクヤが言った。
「どうして? どうしてわかる?」
「だってあなた言ったじゃない。学校にあなたの他に、あなたみたいな子はいないって。あの実験は、能力者を強化するためのものなの。普通の子供が実験に使われることはないわ」
「でも共和国軍の施設はあれだけじゃない」
「その通りだ。でも他の子を助けるにしても、計画の全容を知らないと。慎重にやらないと、同盟軍のテロに見せかけてアシのつきそうな施設を爆破するかもしれない……披験体の子供ごと」
「じゃあ、すぐそのデータを見てよ」
「それはムリよ」サクヤが静かに言った。
「多分そのファイルを開いたらすぐ、どこのコンピューターで見たか知らせが行くしかけになってるはず。この3日間は、用心しましょう。アクセスがあっただけで、他の子を殺されるかもしれない。アル、あなたはとにかくご飯を食べなさい」
「サクヤもね。とにかくメシにしよう」

 アルがもそもそとパンをかじっているのを見守りながら、サクヤがそっとエクルーの肩に触れた。
(聞こえる?)
(うん)
(データチップを絶対アルに渡さないでね。フェリーで移動中に追っ手がついたら守りきれないわ)
(わかってる)
(イザとなったら、私を置いて2人だけでもペルセフォネに飛んでちょうだい)
(とんでもない)
(大丈夫。私はほとんど一般人なんだから。とにかくアルを連中に渡さないで)

 アルはパンをくわえたまま、船をこぎ出した。サクヤはザックからブランケットを出して床にひろげた。
「ほら、もう寝なさい」
 もう一枚の毛布でアルをくるんでほおにキスをした。
「お休みなさい」
「お休み」