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「ゲオルグから姫さんの好物だと聞いたときには信じられなかったが・・・本当に食ってるなあ」
「そんなに珍しそうに見ないで。普通の食べ物を2種類、組み合わせただけじゃない」
「いやしかし、その組み合わせが尋常じゃないぞ」
 キジローはきゅうりのピクルスのヨーグルト和えをのせてご飯を食べているサクヤを、目を丸くして見ていた。
「おいしいのに。味見する?」
「遠慮する。何かバアちゃんのヌカヅケを思い出すな。黄土色のぬちゃぬちゃしたものに野菜を漬けてわざわざくたんとさせてさ。ヌカドコをひっくり返すのも、すっぱい野菜を食わされるのも、本当にイヤだった。でも家族の中で神社に入れるのは俺だけだったから、いつも俺がお相伴してたんだ」
「ここでも一度、ヌカドコ作ったんだよ。ゲオルグがインキュベーターに入れっ放しににてダメにしたけど」
 エクルーが暴露した。
「ちゃんと攪拌台にセットしたんですよ」ゲオルグが反論した。
「あれは液体用だろ。あんな大量のスラッジがちゃんと混ざるもんか。だからこう、手を底までつっこんでだな」
「一度やってみて、その後、アームの洗浄に何時間かかったと思ってるんです」
「だからいつまでも、このうちのシェフになれないんだよ」
 ゲオルグはふくれてキッチンにひっこんでしまった。
「かわいそうに」と言いながら、サクヤはくすくす笑っている。

 この明るい銀髪の青年がひとりいるだけで、食卓の空気が全然ちがう。いささか不自然な組み合わせかもしれないが、キジローはこの擬似3人家族が気に入っていた。
「でも、キジローの好みのルーツがわかったな」
 エクルーが分析した。
「俺のルーツだと?」
「神主とババコン。誰かさんはどんぴしゃだったわけだ」
「エクルー!」
 サクヤの抗議の声を無視して、エクルーはハンガーに出ていった。
「今日もトンボと苗床やってるから。夕方にはちゃんと戻る。行って来ます」
「もう!あのコはいつも・・・」
 サクヤは一度浮かせかけた腰を、もう一度食卓に落ち着けた。
「その腐りかけたキュウリだけじゃなくて、西京焼きと白和えも食ってくれよ。俺が作ったんだから」
「あなたが?」
 サクヤが驚いて、食卓から顔を上げた。
「ゲオルグに任せると、魚が黒焦げになっちまう」
「ホント、おいしい。白和えの味付けもちょうどいいわ。おばあ様仕込みなのね」
「だからって、あんたがうちのバアちゃんに似てるとは思わないけどな」
 再び顔を上げたサクヤは、キジローの顔が思いがけず近くにあったので、身体をこわばらせた。治療槽で3日昏睡して以来、キジローは一度もサクヤに触れようとしない。状態が不安定なので、有難くはあった。
「タケミナカタで流して情報を拾ってくる。それ、全部食ってくれよ」
 席を立つとき、かすめそうになるくらいキジローの顔がそばに来たので、サクヤは一瞬目を閉じた。目を開いたとき、食卓には自分ひとりだった。