『吾ぎ妹子の』
・・・うふふ。
・・・何、笑ってんの?
・・・だって。
くすくす笑っている。天窓から射す光が、青みがかった銀髪に透けてきらきらくるくる。
・・・うふふふ。
・・・笑ってたってわかんないよ。
・・・本当?本当にわからない?
何でもない会話がうれしい。たあいない言葉のじゃれない。さりげなく髪に触れる。そのやさしいしぐさも好き。
・・・だって、エクルーが何だかかわいいんだもの。
・・・かわいいとか言うな。
・・・うふふ。怒ったふりしてもダメ。
・・・俺がかわいいって言うとむっとするくせに。
・・・むっとしないもん。
そんなセリフ、むっとした表情で言われても。笑いをこらえるのに大変だ。
・・・見え透いたお世辞がイヤなだけ。
・・・ほら、むっとしてる。
・・・むっとしてないっ。
ばたん、と寝返りを打つ。
・・・まったく、俺がどれだけ気を使ってると思ってんの?
・・・気を使う?
・・・アカネを”きれいだ”と言わないように、必死で我慢してるんだぜ?
・・・ウソ。
・・・油断すると、つい言いそうになる。でも君がへそを曲げるとやっかいだから言わない。
・・・ウソ。
・・・ウソじゃないよ。言っていいなら、一日中言っちゃうよ?アカネの髪がきれい。細い指先がきれい。すらっとした腕がきれい。耳がピンクの貝殻みたい。うなじが色っぽい。肩から鎖骨の線が好き。小さめの胸がかわいい。恥ずかしがって笑う顔がかわいい。振り返るしぐさが好き。寝返りをうつ時のため息が……
・・・わかった、わかったから。もうやめて。
・・・くすくす。顔真っ赤。
・・・もう。ウソばっかり。
・・・アカネさー、君、自分がアヤメと見かけがそっくりだって自覚はあるんだろ?
・・・ええ。髪の長さと服装以外は、そっくりだと思う。
・・・そのくせ、アヤメは絶世の美人だとほめて、自分はきれいじゃないって……矛盾してない?
・・・・・だって、そうなんだもん。
もういちど、ばたん、と寝返りをうつ。顔を間近に覗き込む。
・・・ひとつ、君の気づいていないこと、教えてあげようか。
・・・ええ?
・・・君、8歳のときからずっと髪を短くしてるだろう?
・・・そうね。
・・・それで、去年、エイロネイアに研修に行くまで、イドラを出たことなかっただろう?
・・・そうよ?
アカネがいぶかしげな顔をしている。
・・・つまり、君はイドリアンの集団の中で暮らしてきた。もてないのは仕方ないよ。イドリアンが女の子を見るポイントは、まずしっぽの美しさ、次にたてがみのつややかさ、それから瞳の色、なんだ。しっぽがなくて、髪が短い君は、圧倒的に不利だったわけ。
・・・でも……アヤメは……
・・・アヤメはほら、腰まで髪を垂らしてるから、しっぽの代わりになってたんじゃない?それに、アヤメは泉守り候補だしね。
・・・ホント?そんなことだったの?
・・・エイロネイアでもてなかった?
・・・・・珍しい資料や標本に夢中で、男性なんか目に入らなかった。
・・・くすくすくす。君らしい。
・・・ホントにそんなことだったの?
・・・でも、感謝してる。君の勘違いに。お陰でこんなにぐずぐずしたのに、君をつかまえることができた。でないと、何人ライヴァルと決闘しなきゃいけなかったか。
・・・ライヴァルなんかいないわよ?
・・・ほんとうに?
・・・ええ。あなた以外、目に入らなかった。ずっとあなたが好き。
・・・俺もアカネが好きだ。ずっと……言えなかったけど。
そっと身体を寄せ合う。お互いに溶け合うような気がする。肌と肌が触れ合うだけで、泣いてしまいたくなるほど幸福だ。
・・・わかってる。
・・・じゃあ、もう言ってもいい?
・・・何を?
・・・キレイダ。アイシテルって。
・・・もっと上手に言えるでしょう?
くるっと身体の向きを変える。そのなめらかな背中を後ろから包む。
・・・言えないよ。俺、口ベタだもん。
・・・ウソ。
・・・だから、言葉に出さないで言ってみる。
・・・どうやって?
キスで。やさしいキスで、気持ちを伝える。きれいだと思うすべての場所に恭しく唇をつける。唇で讃える。氷だった女神の心が溶けるまで。完璧なフォルムを描いていた彫像に、時間が流れ始めて、再びのびやかにはばたくまで。
・・・聞こえた?
・・・何を?
夢うつつでたずねる。
・・・アイシテルって。
・・・聞こえたわよ。だから私も返事をした。聞こえた?
・・・何て?
・・・アイシテルって。
・・・聞こえない。だから、もう一回言って。
お互いの髪をそっとまさぐって、顔を寄せる。汗や涙でしょっぱいはずなのに、キスってどうして甘いんだろう。
・・・今度は聞こえた。