三銃士とふたりの姫と234人の小人
F.D.2530
ジンの知らせに5人の子供たちは色めき立った。特に3つ子の息込みはすごかった。
「エクルーが来るの?」
「うちに泊まる?」
「さあ、どうだろう。温室で合宿するとか言ってたが」
「うちに来たらいい」
「俺たちが守ってやる」
「敵が来てもやっつけてやる」
ジンはため息をついた。
「おまえ達、敵がなんなのかわかってるのか?」
「当たり前じゃないか」
「ペトリを壊したヤツ」
「ミナトたちを殺したヤツ」
けっこう当たっているかもしれない。
「アルとスオミはメドゥーラのとこに泊まるだろう」
イリスが口をはさんだ。
「どうして?」
「他の石の子供を見てみろ。大量の蛍石と折り合いをつけるのに、しばらく苦しまねばならんぞ、アルも。そしたらスオミもつきそうだろう。医者のタマゴだから」
500rの石を筋肉に埋め込まれただけで、あれだけの影響を受けたのだ。石の波動が大気にも水にも大地にも満ちているイドラでの療養は諸刃の剣だった。禁断症状は鎮静する。しかし強すぎる刺激に慣れるには時間がかかる。何しろ石の子供はムリヤリ石の波動に対する感度を極限までひきあげられた実験体なのだ。
ジンや3つ子なら、石を入れたたらいの水に手をつっこんでも目眩がする程度ですむ。だが石の子供は、泉の半径2キロ以内にも近づけない。
それでも、石の子供が波動に錯乱して、眠れず食べられずいよいよ衰弱すると、メドゥーラは泉に放り込んだ。
それでケロッと山を越えた子供が5人。2人は順応せずに死んだ。まだ他に30人近い石の子供が医療中で、フロロイドが15人…・・・いずれも苦しんでいた。
泉につながる水脈からできるだけ離れた場所を探してジンがドームを建てた。石の子供とフロロイドのための療養所だ。メドゥーラとメルとイリスで看護している。
それでも子供たちは水を飲まなければならない。雨も降る。彼らは水を通じて石の波動にさらされるのだ。飲料水を星外からはこんでもムダだった。この星にあるあらゆる水が石の声を受け取る。ホタルがそばを飛ぶだけで子供たちは半狂乱になるのだ。
「アルも? 死んじゃうの?」
「そうならないようにここに来るんだ。おまえ達、うるさくするんじゃないぞ」
イリスに釘をさされて3つ子がシュンとする。
「でもエクルーはうちに来てもいいだろう?」
「エクルーだって自分のうちで寝たいだろう」
「じゃ、俺たちが温室行く!」
「そうだ。俺たちがボディーガードになる」
「守ってやる」
イリスが目を細めた。
「ほう。エクルーには守ってもらわなきゃいけない事情でもあるのか」
3人の3才児はぴたっと口をつぐんだ。まだ母親には内緒だと信じているからだ。
アヤメが口をはさんだ。
「じゃあ、私も温室に行っていい?」
アカネはびっくりした。
「ね、アカネも行こう。3つ子の監督よ。まとわりついてエクルーを疲れさせないように。ね、今からみんなで温室行こう。ちゃんとなってるか見て、お掃除しておこう。食べものとか買って、準備しよう」
いつも引っ込み思案でアカネの後ろにかくれているアヤメが、5人を仕切っている。
ジンはため息をついた。
「アマデウス?」
「承知しております。ヨットをお借りしていいですか? お子さん方を温室にお連れして合宿の準備をしておきます」
ドラム缶にボウルを伏せた形のロボットが賢しげに答えた。
「ケン! そんなにチョコレートばかり注文しないで! ごはんの材料が居るのよ?」
アカネが3つ子をしかる。
「じゃ、ホットケーキ」
「アップルパイ」
「おやつじゃなくてごはんと言ったでしょ!」
5人はモニターでロンの店のオーダーフォームを前にああでもない、こうでもないと騒いでいた。
アヤメがゲオルグに耳うちした。
「送信する前にちゃんと必要なものを書いてね」
「大丈夫。みなさんに入り用なものを注文してくださればよいのです。米、ミルク、野菜に肉はグレンが毎日届けてくれる約束ですし、シャワージェルや冷凍ベーグルは注文済みですし」
「送信」
「リン! あんた押しちゃったの? バカ! お菓子ばっかり書いて、どうする気?」
アカネがまたしかった。
「大丈夫。甘いものは私が管理します。イリスさまに厳しく言われてますから」
ゲオルグはうれしそうに言った。ただ2つの点の目とその間に半月型のマイクがあるだけなのに、どう見てもニヤついているように見える。ロボット達はこの賑やかなお客を喜んでいるのだ。
「ごめんなさいね」アヤメがそっと言った。
「いいえ。こちらからお願いしようと思っていました。どなたかマスターと一緒に過ごして下さるように。この広いドームにおひとりではつらいでしょう」
シンプルな顔で複雑なことを言う。
「さて、みなさん。手伝って下さい。温室にマットをひいて寝床を作りましょう。デッキのタープは先着3名様ですよ? 絶対にお2人いっぺんに乗らないで下さいね。ソファも温室に運んでしまいましょう」
ソファやマットに毛布とクッションを並べていると、外でぱあんと音がした。
「ロンの荷物だ!」
3つ子がドームから飛び出した。温室の入り口から5メートルほどのところに白い大きな箱が落ちていた。
箱の上にプロペラが3つついたナビ付駆動装置と破けたバルーン。5メートルは誤差ではない。反射板や防風林を傷つけないように、5メートル以上離して、と指示した結果なのだ。もちろんジンが作ったケータリング・システムである。
「さあ、おやつが着いたからお茶にしましょう」
ゲオルグがにこやかに言った。
アルは宙港で倒れた。ジンはこのことを予測して局員にあらかじめ知り合いの病気の子が療養にくる、と話してストレッチャーを用意してもらっていた。おかげで大して騒ぎにもならずに、昏倒しているアルをジンのヨットに運ぶことができた。
「とりあえず療養所に行こう。今、メドゥーラとイリスがそっちに行ってるから」
スオミはかなり動揺していたが、てきぱきとアルの世話をしていた。
「アルはメドゥーラやスオミに任せて、エクルーはドームに行け。ロボット達が待っているから。この8年の情報は温室ドームに集めてある。苗床の経済とか見といてくれ。おどろくぞ」
ドームの前でひとり下ろされて、ヨットが走り去った後、エクルーはしばらく心細げに立っていた。
2週間前、サクヤやトゥーリッキと来た時は結局ドームに入らなかった。サクヤが思い出に押しつぶされて泣き出したからだ。
あの瞬間エクルーは恋人と母親を同時に失った。
あの晩エクルーがジンのドームにいると、セバスチャン、ゲオルグ、カンザン、ジットクがボートで会いに来た。ジンのうちにいるアマデウスとつながっているくせに、わざわざ会いに来たのだ。誰の指示でもなく自発的に。
「マスターにお会いしたくて」とセバスチャンが説明した。
まったく。どういうプログラムになっているのだろう。それとも彼らの研究の成果だろうか。ずっと観察して、人間はどうすれば喜ぶか学んだ結果なのだろうか。
4体のロボットを前に立ちつくしていると、セバスチャンがアームをのばしてエクルーのうでにそっと触れた。
「マスター。お変わりなくて何よりです」
お変わりないわけないじゃないか。8年前エクルーは18才の外見をもつ銀髪の青年だった。今は7才の黒髪の少年。
ロボットなりのお世辞なのか?
「もっとも、以前より目線が近いのでうれしく思っております」
やっぱりお世辞らしい。
カンザンとジットクは無言だった。感概にふけっているように見えるのは、こっちの思い入れだろうか?
「ドームは変わりありません。手入れしておりますからいつでも住めますよ。お帰りをお待ちしております」
そうして今、一人で温室の前に立っている。やっと帰ってきた。でもなかなか入る勇気が出ない。
本当に変わりないんだろうか。変わりないはずない。あの頃と同じなはずない。だって俺がここにいるのに、サクヤはここにいないじゃないか。
温室へのドアが少し開いて、肩までの青緑の髪をゆらして少女がぴょこんと外をのぞいた。
「あ、ほら。やっぱりエクルーだ。お帰りなさい。アヤメ! シン、リン、ケン!エクルーよ。帰って来たわよ!」
わらわらと子供が出て来て、口々にわあわあと言いながらエクルーを温室の中に引っぱりこんだ。
セバスチャンが「マスター、お帰りなさいませ」とニヤニヤしながら言った。いつもの間の抜けたおたまじゃくしのような顔だが、エクルーにはわかる。絶対にニヤついている。
ぞろぞろと後から後からターミナル・ロボットがわいて出た。
「もしかしてガードナー・ロボットも全部起こしたのか?」
「マスターのお帰りですから」
セバスチャンがすまして言う。
「エクルー。おやつあるよ」
「ジュースもあるよ」
「今日、俺たちと温室で寝よう」
くそっ、泣くもんか。どうせセバスチャンの策略なのだ。
アヤメがそっと言った。
「お帰りなさい。騒がしくてごめんね。せっかく久しぶりにおうちに帰って来たのに」
エクルーは言葉が出てこなかった。
「せーの」とケンが声をかけると、234体のロボットと5人の子供が一斉に叫んだ。
「お帰りなさい、エクルー!」
我慢できずに泣き出してしまった。みんなに囲まれてわんわん泣いた。まるで7才の子供のように。
ここが自分のうちだ。
サクヤがいなくても、髪が黒くなっても、自分には帰るところがある。