ヴェガ航路航海日記


F.D.(銀河連邦紀元) 2515年

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 その頃、すでに俺はもう5年以上くり返しボニーの夢を見ていた。
 緑色の窓のない部屋で、ボニー・ブルーの眼球を持つ少女に出会う夢。出会った瞬間、俺の目が閉じる。彼女に伝えたいことがあるのに、身体が動かない。声が出てこない。俺の時間が・・・止まる。

 くりかえしくりかえし、自分の死の場面を見続けたために、怖ろしくも悲しくもなかった。ただ、もうサクヤと2人でいられないのかと思うと寂しいだけだ。そして、その後サクヤがちゃんとメシを喰うだろうか、ということだけが気掛かりだった。
 それに、もう夢を盗んでサクヤを守ってやることができない。

 演習船に乗って、サクヤと2人でヴェガ星系に向かいながら、まだ俺たちは何を探しているのか、よくわかっていなかった。探し物は何だろうと、頓着しない。サクヤが行くというから、俺も行くだけのことだ。残り時間がどれだけあるか知らないが、あとひと時、サクヤを独り占めできればそれでいい。


 サクヤがすうすうと寝息を立てている。
 いつも予知夢と瞑想の狭間を漂って眠りの浅いサクヤも、明け方の数時間だけ深く眠ることがある。エクルーはその時間に目が覚める習慣がついてしまった。サクヤの寝姿を見るために。

 そっと後ろから両腕を回して抱き寄せた。サクヤは温かさを求めるように、身体を寄せてくる。エクルーが腕で作った輪の中で、赤ん坊のように安心しきって眠っている。首にくちびるをそっとつけた。信じられないほど柔らかい。耳の下、耳たぶ・・・ゆっくりついばんでいく。

 サクヤが「んん・・・」と顔をしかめてのびをした。そしてため息をつくと、また規則正しく寝息を立て始めた。
 今まで目を覚ましたことがないので、エクルーはだんだん大胆になってきた。お腹に回していた腕をずらして、胸の下に持ってくる。温かくて柔らかい。寝巻き代わりのコンビスーツの上からでも、皮ふが薄くて敏感なのがわかる。どうしてこんな薄い皮膚でこの重量を支えられるんだろう。溶けたマシュマロのように、ちぎれて落ちたりしないんだろうか。
 指が先端をかすめた時、サクヤがのどをのけぞらせた。

 起したくない。気づかれたくない。でも気づいて欲しい。
 孤独な求愛を続けるうちに、矛盾した思いに支配されるようになった。こんなに求めて、気が狂いそうなのに、どうしてあんたは安心しきって寝ていられるんだ?太ももの内側の柔らかい皮ふをなでた時、サクヤがひくっとわなないた。手をすべらせて下腹部をやさしく包む。もう一度、耳の下にくちびるをつけた。

「ううん・・」とつぶやいてサクヤが目を開けた。ゆっくり振り返ってエクルーの顔を見る。
「何だかヘンな夢を見てた・・・」
「いい夢?悪い夢?」
「・・・・わからない」しばらく寝ボケたように顔をしかめて首を傾けていたが、ふわっと笑って身体をエクルーにすり寄せた。
「目覚めて、あなたの顔を見たら、もうどうでも良くなっちゃった」
そしてまた、眠りに落ちた。

 エクルーは喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからない。
 何度も考えたことだが、これはサクヤが自分をからかってわざとやっているんじゃないだろうか。
 どうしてこんなに無防備になれるんだ?隣でオオカミが狙っているのに。サクヤなら、実際に襲いかかってもふわっと笑いかけてきそうな気がする。あんな顔で微笑まれたら、もうそれ以上手が出せない。それにいつも寝入る前に残していく、トドメの一言。ワザとやっているなら魔女だ。

 結局、ごそごそと寝袋の中から這い出して、日課になった夜明けのジョギングに出ることになる。サクヤが丸まりながら声をかけた。
「移動中くらい休めばいいのに。この船に走るところあるの?」
「カベか天井かどこかは空いてるからね。ほとんどのところが1Gないから、50キロ走っても物足りないけど」
「明日は私もつき合うわ。筋肉が落ちたら困るもの」
「昼間走んなよ、俺もつき合うから。この時間は物騒だ」
「じゃあ、なぜこの時間に走るの?」
「うーん、夜明けの空がきれいだから?」
「宇宙空間で?」
「そ。行って来ます。お休み」
「お休み」