謝肉祭




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 秋が深まって最後のアルニカの収穫がすむ頃、サクヤとフレイヤがアズアの泉で話していると、珍しくエクルーがやってきた。
「これはこれは、娘をたぶらかしてくれるはずの頼みの若者のおでましだ。口の割に、なかなか実行に移してくれないが」
「何のこと」
 サクヤはきょとんとしている。
 エクルーはアズアともサクヤとも目を合わさず、泉のほとりにしゃがんだ。
「だからさ、代替案を持って来たんだ」
「代替案?」
「アズア。サクヤの耳に穴を開けさせてもいいだろ?」
 そう言いながら、ポケットから小箱を出した。
「サクヤ、明日、スオミの診察所にこれ持ってって、耳につけてもらいな。1日早い誕生日プレゼント」
 箱の中には、小粒のブルー・オパールのピアスが光っていた。
「小さすぎたかな? あまり大きいと重いかと思って。スオミに、ポストは24金だから大丈夫っていうんだよ?」
 サクヤはすぐに言葉が出てこなかった。ただ目をまるく大きくして黙ってエクルーをじいっと見上げている。
「つけるのは、お父さんがいいって言ってからね」
 今度はサクヤはじいっとアズアを見つける。
「わかった、わかった。これで反対したら、娘のボーイフレンドに嫉妬する分からず屋のオヤジみたいじゃないか。いいよ。スオミに見せて、相談しておいで。フレイヤ、サクヤを青谷の東斜面に連れてってやってくれないか。スオミが薬草の採取に来ていたから」
「いいよ。いこ!」
 2人の少女は消えた。

「あの石がお守りになるのか?」とアズアが聞いた。
「せめてものね」とエクルーが答える。
「君は十分に努力してくれてると思えないなあ。サクヤが追ってこないよう暗示をかけてるだろう」
 エクルーはそっぽを向いた。
「保護者に虎視たんたんと見張られてて、手を出せるもんか。毎晩無言のプレッシャーにさらされて、こっちの神経が保たない。寝不足だし」
「そんなに繊細な神経の持ち主だったかね」
「ああ、もう。言うよ。何度か手を出そうとがんばってみた。でもかわいそうでできなかった」 「かわいそう?」
 エクルーは地面にどかっとあぐらをかいて、両手でうなだれた頭をかかえた。
「俺の故郷の星でね。第2周期ー14才になると坐女は夜、塔につながれるんだ。両手両足しばって、目隠し、さるぐつわされて。一晩中口も効けない状態で身体を投げ出さなきゃいけない。やがて”神サマ役”の男がつれてこられる。坐女は”神の降臨”を受け入れるしかない。顔をみたこともない、声を聞いたこともない”神”だ。2、3日、毎晩”神のお渡り”があって、うまく破瓜されるとその男は、本当の神になるために首を落とされる。巫女の方は、それから毎月、新たな神に踏みにじられる。人間らしい心なんか残らない。そんな神から授かった子供なっか愛せるはずない。俺は何度か塔に忍びこんで、つながれてる巫女をかっさらったけど、結局、早晩またつながれることになる。彼女たちは他に男を受け入れる方法を知らない。死んだフリして身体を投げ出すことしか。細い身体をガタガタ震わせながら」

 アズアはしばらく黙って、エクルーの後ろ姿を見ていた。
「聞いていいかい?」
「何?」
「”大きなサクヤ”もそういう目にあったのか?」
 エクルーはぱっとふり返って、大声を出そうとした。しかし思い直してため息をついた。
「サクヤは2周期が来る前に、地球に逃げた。第一、公にはサクヤは死んだことになってたから、そういう非道い扱いを受けなくてすんだ」
「君の星の非人道的な習慣と、うちの娘が関係あるとは思わないが、要するに君は処女を破瓜することにトラウマがあるわけだな」
 エクルーはまたうなだれた。
「血も涙もない分析ありがとう」
「処女喪失にトラウマはつきものだからな。2人で協力して克服してくれたまえ」

 エクルーはがばっと立ち上がった。
「あんたに言われたくないよ。他人事みたいに淡々と…・・・。自分の娘のことだろう?」
「だから心配しているつもりなんだが」
 あくまで冷静で挑発に乗らないアズアの態度にエクルーはため息をついた。
「まあ、いいか。もう一度、あんたとケンカする気力は今はないよ。トラウマを抱えた身で、できるだけやってみる」
「ひとつ指摘してやろう。さるぐつわされた巫女にはキスできないが、サクヤにはキスできる。大きな違いだ。すごく有利なはずだぞ。後は君の努力次第だ。健闘を祈る」
「だからそういう言い方が…・・・」と言いかけて、エクルーはため息をついた。
「フレイヤは心が広いよな。こんな冷血漢と話してて、癇癪起こさないのか?」
 アズアは片方の眉を上げた。
「君はフレイヤと話したことないのか?」
「いや…・・・そうだった。あの子はあんた以上にぶっ飛んだ娘だったもんな」
 その時ちょうどフレイヤがスオミとサクヤを連れて泉に戻って来た。
「スオミが穴開けてくれるって。ありがとう。大事にする」
 サクヤはエクルーに抱きついた。
「あら珍しい。エクルーが赤くなってる。本当にサクヤには弱いのね」とスオミが指摘した。
「アズア、またエクルーをいじめてたんでしょ」とフレイヤがアズアの鼻をつまむ。
「あなたがここで昼寝してる間中、エクルーはパパ役をがんばってるんですからね。大事にしなきゃバチが当たるわよ?」
「フレイヤ、応援ありがとう。もっと言ってやってくれ。俺、今、ちょっと泣きそうになってたから」
「そうなの?」サクヤがじいっとエクルーを見上げる。
「じゃあ、父さんのイジワルなんか忘れて私にこのピアスの話をして。みんないびつにゆがんだ形なのね。オパールはこういう形で産出するの?」
「いや、母岩の中で一部が変成して青く光るんだ。これは研磨してこの形にしたんだ」
「待って。当てていい?」
「いいよ」
「フルオールとアルビ」
 エクルーはにっこり笑ってサクヤのおでこにキスをした。
「正解。薬指がペトリ。イドラを守る3つの月だ」
「ありがとう。エクルーってプレゼントの達人ね」
「はずしたことないだろ?」
「え。うん。そうね。うん、そう」
 サクヤが目をそらしてきょろきょろしている。

 エクルーは真顔で聞いた。
「何? 何かハズレがあった? ちゃんと言ってよ」
「ううん、ううん。本当にみんなうれしかったもの」
「何だよ。言ってくれないとわからないじゃないか」
 サクヤは目をきときと泳がせた。
「だって、あの…・・・私はエクルーにもらうとセージの小枝1本でもすごくうれしくなっちゃうのよ。でもそんな事言うと、せっかくステキなドレスとか本とかシャワーみたいにプレゼントしてくれてるのに、エクルーががっかりするでしょう? あの…・・・やっぱりがっかりした? ごめんなさい」

 エクルーは何も言わずに目を大きく見開いた。しばらく何かに耐えているような顔をしていたと思うと、サクヤの手をとって2人でパッと消えた。
「あらら」スオミが言った。
「ほっとこう。どうせ親の前では言えないような、デレデレしたセリフを吐くつもりなんだろう」
「アズア。口惜しいなら泉から出てきて、自分もサクヤを甘やかしたらいいじゃない。八つ当たりでエクルーをいじめるなんてフェアーじゃないわ」とフレイヤが指摘した。
 アズアは長いまっすぐな黒髪をそれはきれいなしぐさで肩に書き上げた。
「いいのかい? 今、泉から出ると君と20近く年が離れることになる。もう少し、ここで時間をかせぐつもりなんだが」
 フレイヤは珍しく言葉につまった。
「あ…う…」とつぶやきながらアズアとスオミの顔を交互に見て真っ赤になった末に消えてしまった。
 スオミはため息をついた。
「あんまり子供をからかわないで」
「けっこう本気なんだ。私を気味悪がらずに受け入れてくれるのはあの子ぐらいだろう?」
「そうは思わない。あなたきれいだもの。でも、フレイヤはまだ幼いわ。本気になったら…あなたの方が傷つくことになるかも」
 アズアはきれいな笑顔をみせた。
「心配してくれてありがとう。その辺は年の功で何とかするよ」
「自分よりきれいな義理の息子をもつなんて複雑な気分」
「何言ってる。スオミはきれいじゃないか」
「ご親切にどうも」
「本気で言ってるんだ。スオミの美しさは生命力と希望に衰打ちされている。君がボニーのそばにいてくれなかったら私はこんなところでのほほんと休んでいられなかった。でもあのまま地上にいたら、ほかのフロロイドのように発狂して死んでたろうな、サクヤの目の前で」
「泉で眠ることをすすめたのは私よ。責任はとるわ。あなたの力は将来、必ず必要になる。子供達のために、もうしばらくがんばって」
 ぱしゃんと水音を立てて、アズアはスオミに背を向けた。泉に向かってうなだれている。
「私のこのろくでもない力が役に立つ事態なんて、あんまり考えたくないね」
「もう。相変わらず考え方が後ろ向きね。この頃アルやフレイヤとよく話してるから、少しは元気になったかと思ったのに。じゃあね、ミヅチの代理をやってると思いなさいよ。ペトリと一緒に散ったミヅチの代わりにイドラを守ってるんだ、と思いなさいよ。そしたらいじけてられないでしょ?」
「生き残ったものには責任がある…か。メドゥーラによく言われたよ」
「生き残った人は、たくさん失ったけど、たくさんもらってもいるのよ。もらったものを返さなきゃ」
「その強さ、うらやましいよ」
「そうでなきゃ、生きてこれなかったもの」
 スオミは事も無げに言った。
「あなたも強くなって。フレイヤやサクヤやサユリや…・・・たくさんの子供達のために。別に宇宙を救う英雄になってくれなくていいわ。自分の知ってる子供たちのゴッドファザーでいてくれたら。そうしたらもっと自分を信じられるようになるわよ」
「そうかな」
 スオミがくっくっくっと笑い出した。
「どうして私、ぼやいてばかりいる情けない男の人をけとばせないのかしら。キジローといい。アルといい。あなたももし私を義母さんと夜ぶ気なら覚悟しといた方がいいわよ。のんびりアンニュイに浸らせておいてなんかあげませんからね」
「楽しみにしてる。私はもう底に戻る。今のうちに思う存分イジイジさせてもらうよ。フレイヤは”長男”の巨人のてっぺんにいる。じゃ、お休み」
「お休み」