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「なるほどね」エクルーは大きくうなずいて、にっこり笑った。
「さて。じゃあ、君たちの意図を聞かせてもらおうか?」とにこにこしながら訊ねた。
「セバスチャン。お前は前科があるな。サクヤがキジローの帰還を待って、安否を心配しているのをわかった上で、キジローの船に勝手に侵入許可を出して、ハンガーに船が入っても一切アナウンスしなかった。その時は特に俺は追及しなかった。結果として2人がうまくいって、それは俺の”意図”に適った展開だったからだ」
エクルーは相変わらずにこやかに話を続ける。2体のロボットは神妙に聞いている。
「でも今回は俺の意図に反するぞ。誰の”意図”に沿って、どいつの”判断”でこういうことをした?」
2体のロボットは顔を見合わせた。まるで目配せで意見を交換するかのように、顔を見合わせたのだ。
「お前らは誰の指示を受けてる?誰の妨害だ?答えろ!ゲオルグ?」
「ムトウ博士です」
エクルーは面食らったが、質問を続けた。
「セバスチャン、お前は?」
「アルバートです」
エクルーのあごが落ちた。あのおせっかいで過保護な義兄がかんでいるのか?いつから?いったいまた、どうして?
2体のロボットはまた顔を見合わせた。
「ゲオルグ!お前、ドクター・ムトーの指示だって?どうして私に言わなかった?」
「セバスチャン、あなたこそ。アルバート様の指示ですって?いつからです?」
「わかった。ジンとアル、2人が黒幕なんだな。それで?奴らの”意図”は何だ?」
「それは・・・」2体同時に口ごもった。ロボットが口ごもるだって?生意気な。
「わかっているのか?お前らのサボタージュのせいで、俺は結果的にアカネを傷つけてしまったんだぞ。今頃泣いてるかもしれない。誰の責任だ?」
「あなたでしょう」間髪入れず、2体同時に答えた。
エクルーは立ち上がると、両手でイスを持ち上げて床に叩きつけた。イスも床も頑丈なので、どちらも傷ひとつつかなかった。ただ、すさまじい音がしただけだ。
「今の行動の”意図”は何だったのですか?」セバスチャンが聞いた。
エクルーはもうひとつイスを持ち上げて、今度は壁に叩きつけた。
「おちょくるのはいい加減にしろ!」最早、エクルーは微笑んでなんかいなかった。顔は蒼白である。
「お前らのマスターは誰だ。俺以外の人間の指示に従うなら、お前らは執事ロボットとして欠陥品だ。もう必要ない。むしろ、危険だ。2体ともフォーマットし直して、執事を首だ!」
2体は顔を見合わせて、同時に話した。
「お待ち下さい」
完全に同調しているが、ヴォイス・シンセサイザーの設定が違うのでユニゾンに聞こえる。
「どなたの指示であれ、我々の行動の最終的な目的はエクルー様とサクヤ様にとって有益な結果を得ることです。たとえ、マスターに直接指示されても、それがマスターにとって不利益な結果を生むと”判断”すれば、我々は従いません。それが執事の存在意義です」
エクルーはしばらくポカンと2体を見つめていた。そしてかなり長い間、黙りこくって考えた。とうとう「わかった」と言った。
「ここまでのお前らの考えはわかったと思う。つまり、”俺のために、俺の指示とちがう行動を取った”と言うんだな?」
「そうです」
「わかった。わかったから、その気味悪いユニゾンをやめて個別に答えてくれ。ゲオルグ、ジンの指示は何だったんだ?」
「アヤメ様とアカネ様に、エクルー様への懸想をあきらめていただいて、関係者全員の精神的平安を取り戻すことです」
エクルーは目をぱちくりした。
「セバスチャン、君はアルに何と指示されたんだ?」
「ほぼ同じ内容ですね。表現はかなり違いましたが」
エクルーはまたしばらく黙りこんでいた。ようやく口を開くと、静かに聞いた。
「それでお前らは、お前らで何らかの小細工をしないと、俺だけではこの問題を解決できないと”判断”したわけだ」
「アルの言葉を借りれば、マスターはわざわざミスター南部を探し出して、ミズ・サクヤに引き合わせるような方ですから。ご自分の利益を後回しになさるでしょう?ですから、我々はマスターを守るために行動したわけです」とセバスチャンは言った。
エクルーはがっくりとうなだれて、実験台に顔を伏せた。
「結果的に、サクヤが恥ずかしい思いをして、アカネが悲しい思いをしても仕方ないと”判断”したわけか」
「最終的には、これが3人の女性の未来を守ることになると判断いたしました。何と言っても、アカネ様とアヤメ様は16年、サクヤ様は5年、この不安定な状況に耐えていらっしゃったわけですから」ゲオルグはわざわざ計算してくれた。
エクルーは実験台に投げ出した両腕に顔を埋めたまま、うめくように言った。
「わかった。ありがとう。ご苦労様。ラボのカメラとマイクを復活させてくれ」
「我々のフォーマットは?」またユニゾンで威圧する。
「不要だ。お前らは執事の鑑だよ。ムカつくけど」
「ありがとうございます。光栄です。」
「2人ともシステムと再接続して、みんなを指揮してくれ。非共有メモリの設定も現行通りで変えなくていい。このまま、ジンの研究に協力してくれてけっこうだ」
「ありがとうございます」
2体はラボを出て行った。
もし、俺の生存が俺の不利益になると”判断”したら、奴らはどう行動する気だろう。
まあ、いいや。深く考えるのはやめた。
エクルーは温室に戻ると、改めてサクヤにキスをした。
もういいや。誰に見られようと。