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ラボでは、セバスチャンとゲオルグが待っていた。
「どういう用事かわかっているみたいだな。」とエクルーが言った。「ちょっと2人とフランツに聞きたいことがある。他の
連中にも聞いてもらうか?」
「いえ、いささかデリケートな問題ですから、彼らは混乱するかもしれません。一旦、我々2人をサーヴァント・システムから
切り離します。しばらく習得したメモリだけで働いてもらいましょう。おまえたち、出てなさい。」
セバスチャンがそう命じると、ゲオルグ以外のターミナル・ロボットはラボから出て行った。セバスチャンはターミナルの
1体を占有して、地下の計算室にある本体と直結して他のロボットに指令を出している。最初はコンソールから指示していたが、
移動できる手足と耳目が欲しくなったのだ。300体を束ねる首領にもかかわらず、やはり外見はドラム缶にボウルだ。

エクルーは尋問を始めた。
「お前達の情報共有は100%なのか?タイム・ラグは?」
「タイム・ラグは、216体の苗床ロボットを全部稼働して、ステーションとしてフランツに中継させた場合でも1秒とありません。
現在苗床ロボットは全てスタン・バイですから、最長でも0.03秒というところです。情報共有については100%ではあり
ません。メイン・スタッフの5体以外は、20%の個体学習メモリがあります。」
すらすらとセバスチャンが答える。
「何のために20%も?」とエクルーが聞く。
「設計者のムトー・ジン博士が、個体の個性を重視したためです。各個体にネーム・プレートを付けたのはムトー博士ですが、
時々ダクト・テープでプレートを隠して、10問質疑応答して個体名を当てる研究をなさっておられます。」
まじめくさってセバスチャンが説明する。
「お前、それが研究じゃなくてゲームだってわかっているんだろう?」
「ムトー博士の場合、生活のすべてが研究に結びつくのです。ナニーとして加勢に行った3体の端末が、子育てさえ研究の一貫
のようだ、と報告していました。」

エクルーはため息をついた。こいつのバカ丁寧な口調を聞いていると、毎度のことながらおちょくられているような気がする。
「わかった。それについてはいい。20%が個性というのもいい。しかし、外来者の侵入データは共有すべき情報だろう?共有
項目になっていないのか?」
「共有情報です。」とセバスチャンが即答した。
「じゃ、フランツに入ってもらってくれ。」
「フランツ、入りなさい。」セバスチャンが命じると、二重のセキュリティ・ドアを抜けてフランツが入ってきた。
「フランツ、お前はアカネの依頼を受けたのか?」エクルーが聞いた。
「はい。アカネ様がおっしゃった通りです。昨夜、メイルで依頼があり、ファイルを用意しておくのでいつでもおいで下さい、
とお答えしました。」
「それで、アカネは何て?」
「朝7時に取りにいらっしゃると。」
「それで何と返事した?」
「了解しました。お待ちしています、と返信しました。」
「わかった。ありがとう。温室に戻って、グスタフとサクヤを手伝って。それから苗床メンバーを3体起して、メカニック2体
と一緒にドームの外側をくまなくチェックしてくれ。周囲の反射板と屋根の太陽電池、アンテナ類も忘れずにね。破損箇所を
リストアップするように。セバスチャンとゲオルグはしばらくシステムと切り離すから、アントンに指示を集めてくれ。わかった?」
「ラジャー。」
「判断に困ったら、俺に直接聞くように。」
「アイ・サー。」
そう答えて、フランツはラボを出て行った。

エクルーはイスの向きを変えて、セバスチャンとゲオルグの方を向いた。
「さて、セバスチャン。俺が何を聞きたいかわかってるんだろう?まだ、推測を答えなくていい。とりあえず、ゲオルグを同席
させた方がいいと思うか?」
「思います。ゲオルグは非共有メモリを40%もつ自律型ステーションで、私の指揮系統とは別に自分でターミナルを動かすこと
ができます。彼の”意見”も聞くべきでしょう。」
「ハードディスク・メモリの40%が非共有?いつからそんな設定になったんだ?」
「始めから。ゲオルグはムトー博士がお作りになったロボットですから、ゲオルグの学習過程のすべてが博士の研究材料なのです。」
「うーむ。じゃ、その件は後回しにしよう。セバスチャン、この部屋のカメラとマイクをオフにしろ。すべての出入り口を封鎖。」
「完了しました。」
「じゃ、今、この部屋は密室だな?」
「閉鎖系かという意味なら・・・。」
「はぐらかすな、セバスチャン。そういう意味で聞いているんじゃないとわかっているはずだ。」
「わかってます。失礼しました。」
「じゃ、お前の”考え”を聞かせてもらおうか。まず、俺が何を問題にしているか推測しろ。」
「マスターは、ターミナルの指揮系統について疑問を持っていらっしゃいます。意図的にサボタージュが行われているのではないか、
と疑っていらっしゃるのだと思います。」
「よろしい。当たってるよ。じゃ、なぜ俺がそう考えるようになったか、お前達の何を落ち度だと考えているか推測しろ。」
エクルーがいつになくしかめつらしい話し方をしている。
「第一に、アカネ様の依頼と来訪予定について、マスターにお知らせしなかったこと。第2に、先ほど赤外線ゲートが切れて、アカネ
様の認証コードを確認し、アラームを解除して入館許可を差し上げた際、そのことをマスターにお知らせしなかったこと。結果として、
マスターとミズ・サクヤのキス・シーンをアカネ様に目撃されるに至った。以上が問題だとお考えなのだと推測します。」
「ふうん。よくわかってるんじゃないか。」
エクルーがにやっとした。
「ゲオルグ、君も同じ”考え”かい?」
「はい。そう考えます。」
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